ラーメンを世界への贈りものに

株式会社ギフト

代表取締役社長 / 田川 翔

横浜家系ラーメンの「町田商店」などを展開する株式会社ギフトが2018年10月、東証マザーズに上場した。「ラーメンを、世界への贈りものに」の理念の元、創業から10年足らずで直営54店舗(2018年7月時点)、約350店舗のプロデュースを手がける企業となった躍進の秘訣について、代表取締役社長の田川翔氏に話をうかがった。

PROFILE

代表プロフィール

1982年、千葉県船橋市生まれ横浜育ち。幼い頃からラーメンに魅せられ、横浜のラーメン店で6年間修業した後、2008年に個人事業として「町田商店」(現:株式会社ギフト)を開業。以降、町田商店を中心に国内外で店舗展開を図っている。

目次
  • 1. 妻が背中を押してくれた独立
  • 2. ラーメン職人から企業経営者へ
  • 3. 目標は「国内1,000店舗、海外1,000店舗」
  • 4. ラーメンで世界中に幸せを届けたい
  • 5. Leaders ITEM

妻が背中を押してくれた独立

父は外資系企業に勤める典型的な企業戦士でした。朝早くから深夜まで働いて、休日はごろ寝。夏休みも取れないような、仕事一筋の人生ですね。元教師の母は教育熱心で「いい大学に入り、いい会社に就職することこそが人生の幸せ」といつも教えられていました。でも両親の姿を見ていると子供心にもそれほど幸せそうには思えず、企業に属するのではなく、自分の好きなことをして家族を養う道を目指す人生もあるのではないかと考え始めました。

 

そして小さな頃からラーメン好きだったこともあり、中学3年生の時に将来はラーメン屋として起業すると決意しました。高校は進学校だったので大学受験という選択肢もありましたが、将来ラーメン屋の道に進むなら早めに修業をした方が近道だと思い、横浜に働きたいと思える店を見つけて、店長に頼み込んで高校卒業後に働かせてもらいました。

 

その店で修業したのは6年間。とにかく独立資金を貯めるために覚悟を決めて働き、600万円貯金しました。高校時代に好き勝手やっていたので、この間、友達と旅行に行ったり、飲み歩いた記憶は無いです。入店して4年目に中学時代から付き合っていた女性と結婚し、子供を授かりました。父親になるのに独立していいのかと悩んだこともありますが、妻が「ぜったい起業して」と背中を押してくれたので、出産前に起業を決意しました。赤ん坊の顔を見た後だったら決心が揺らいでいたかも知れませんね。

ラーメン職人から企業経営者へ

2007年8月に修行をしていた店を辞めました。直ぐに物件探しを始め、町田駅近くにピンとくる物件があったので、翌年1月に「町田商店」をオープンさせました。ラーメン職人として味には自信があったので、オープンしたらすぐに大行列……と思っていたのですが、現実は厳しかったです。

 

オープン当初は良かったものの、だんだんとお客さまが減っていきました。半年足らずで資金が底をつき、スタッフに払う給料もなくなりかけました。母に頭を下げ、10万円を貸してもらったこともあります。その時、お客さまからみて意味のないこだわりは捨てよう。製法にこだわりすぎるより、毎日安定した美味しいラーメンを提供しようと考えを改めました。経営の本を読んで自分なりに勉強もしました。

 

軌道に乗り始めたのは、1年くらい経ってから。スープが安定してきたことが一番大きな要因です。お客さまも増え、2号店を出店するまでになりました。その頃からでしょうか、美味しいラーメンを提供し続け、一緒に働く仲間に迷惑をかけないためには経営基盤をしっかり整える必要があると考えるようになり、経営者への道を意識し始めました。

 

そして2010年に株式会社町田商店(2015年に株式会社ギフトに名称変更)を立ち上げました。会社として転機になったのは4店舗目、綱島店の店長を経営にも参画させるようになったこと。彼は綱島店を繁盛店に育ててくれたばかりでなく、会社運営の面でも力になってくれました。その時、人に力を発揮させることが経営には重要だと悟ったのです。それ以降は社員一人一人の資質を見抜いて相応しいステージを与えることに重点を置きました。職人から経営者の発想になったということでしょうか。

 

とは言え、経営者としては試行錯誤が続いていましたが、多くの飲食店を展開している株式会社subLimeの花光雅丸さんとの出会いが僕を大きく変えてくれました。ある日、花光さんが出演しているテレビ番組を拝見して、自分には無い経営感覚を持っている方だと感じたので、名古屋までセミナーを聴きに行きました。

 

その日はお会いできませんでしたが、後日、花光さんから直接食事に誘っていただきました。経営者として人間関係を大切にする姿勢など、多くのことを学びましたし、諸先輩方を紹介していただくこともありました。人材育成、財務、業態作りなどそれぞれの分野に長けている方々ばかりでしたので、直接お会いして会社が抱えている問題の解決に向けて相談に乗っていただいたこともあります。花光さんを通じて人脈作りをさせていただきました。

目標は「国内1,000店舗、海外1,000店舗」

2018年10月、東証マザーズに上場しました。上場に否定的な意見も周囲には多くあり、なかなか決断出来ずにいた時期があったのも事実です。しかし、牛角の創業者である西山知義さんに「上場を目指すのは会社にとっても、社員にとっても悪いことは一つもない」と教えられ決心しました。

 

上場に関しては、僕自身分からないことが多く、随分と回り道もしました。最初は社内の人間に任せていましたが、いい方向に進まなかったので外部から新しいCFOを招き、彼と二人三脚で上場準備をしたことが良かったのだと思います。しかし、上場しても仕事の本質が変わったわけではありません。むしろ、上場準備に時間を割かれなくなったので、商品開発、店舗展開、人材育成など、本来やるべきことに集中できるようになりました。

 

現在、ロサンゼルスとニューヨークで直営店を経営していますし、ニューヨークにはもう1店舗出す予定です。アメリカは市場規模が日本と比べて大きい上に都市部の経済は比較的安定しているし、ラーメン事業への進出がまだ少ないので、今後の成長も期待できると考えています。理想の出店数は「国内1,000店舗、海外1,000店舗」です。もちろん「1,000店舗達成すればいい!」という考えではありません。数字はあくまでも過程です。

 

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我々は戦略に溺れること無く、1店舗1店舗、愛情を込めていい店を作り続けなければなりません。そのために、ラーメンの命である麺・タレ・スープを、すべて自社で研究開発・製造してきました。社員教育も徹底させ、繁盛する店づくりのノウハウを蓄積してきています。そして、それらの財産を海外展開で惜しみなく発揮しています。外食産業はリアルビジネスですから、良い商品と良いサービスが全てです。

 

国内出店に関しては、駅前店とロードサイド店の両方を出店しています。駅前は店長にある程度の裁量権を持たせ、コアなラーメンファンに喜んでもらえるようなお店作りを心掛けています。店名も「代々木商店」や「荻窪商店」のように地元の人が愛着を持ちやすいものにしています。

 

ロードサイドの店はファミリー層がターゲットなので、メニューも増やし、家族全員が楽しめるレストランにしたいと考えています。チェーン店ならではの安心感を活かして、認知度の高い「町田商店」の看板一本で行くようにしています。僕が子供の頃に両親にラーメン店に連れて行ってもらってラーメンを好きになったように、ラーメンを子供たちのソウルフードにしたいですね。

ラーメンで世界中に幸せを届けたい

ギフトという社名には家系ラーメンを世界への贈りものにしたい。そして幸せを自分から届けられる人間になろうという想いを込めました。人は一人だけで幸せになれるものではありません。家族や友人のためだから頑張れる、お客さまや共に働く仲間の笑顔を見て自分も笑顔になれる。そんな考えを大切にし続けられる企業でありたいと思っています。上場はしましたが、多角経営は考えていません。僕の一生をかけても足りないくらい、一杯のラーメンで出来ることはまだまだいくらでもありますから。

 

また、花光さんや西山さん、あるいは株式会社串カツ田中の貫啓二さんから多くのことを学ばせていただいたように、僕も求められれば若い経営者の方々に経験から学んだことを伝えたいです。それが諸先輩方に対する恩返しになると思っています。

Leaders ITEM

創業時につくった町田商店のユニフォーム。田川社長のラッキーカラーはピンク。店内に一つピンクを入れるようにしていたとのことで、店名がピンクで印刷されている。

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BUSINESS

事業内容

飲食店の経営・プロデュース

COMPANY

会社情報

主要事業 飲食店の経営
本社   東京都町田市原町田6-27-19 平本ビル1F/2F
設立 2009年12月7日(創業:2008年1月)
役員構成 代表取締役社長 田川 翔
資本金 35,025千円(2017年10月期)
従業員  社員 215名 パート・アルバイト 871名(2018年7月末日現在)

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