明確で高い目標を設定し、時代の波に乗り続ける

株式会社オプトホールディング

代表取締役社長 グループCEO / 鉢嶺 登

売上高800億円超、従業員数1500名超を擁するオプトグループ。その統括会社を率いるリーダーが鉢嶺登氏である。26歳で森ビルを退社し、マーケティング事業を開始。7年間の停滞期を経て、大手ネット広告代理店へ成長させた。なぜ大企業を飛び出したのか? どうやって成長の壁を突破したのか? 経営哲学やビジョンも含めて、話を聞いた。

PROFILE

代表プロフィール

1967年、千葉県生まれ。1991年に早稲田大学商学部を卒業後、森ビル株式会社に入社。1994年、ダイレクトマーケティング事業を展開する有限会社デカレッグスを設立し、代表取締役社長に就任。翌年、株式会社オプトに商号変更。2000年、Web広告の効果測定システム「ADPLAN」を開発・販売開始。2004年、ジャスダックへ上場。2013年、東証一部へ市場変更。2015年に持ち株会社へ移行し、株式会社オプトホールディングに商号変更。現職に就任。著書に『ビジネスマンは35歳で一度死ぬ』(経済界)『役員になれる人の「読書力」鍛え方の流儀』(明日香出版)など。

エジプト旅行中に起業を決断した理由

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最初から「3年で辞めて起業する」と公言して入ったんですよ。森ビルはいい会社なので、ズルズルいかないように。でも、いざ3年目になると迷いが生じてきました。起業について調べたら、「設立1年で半数が廃業、10年で1%しか残らない」とあり怖気づいて、ふん切りがつかなくなりました。実際にはガセ情報で、起業30年後も半分は生き残っている事が後で判明したのですが笑

起業を決断したのは、海外旅行がきっかけです。3年目の夏休みに友人たちとエジプトを訪れました。遊覧船に乗り、ナイル川ぞいの遺跡をめぐるツアーに参加。ある停泊地に着いたとき、印象深い光景を目の当たりにしまして。

―なにがあったのでしょう。

船の甲板に向かって、現地の人たちがビニール袋を投げ入れてきました。中身は手づくりのテーブルクロスやTシャツ。それを私たち観光客が気に入ったら、ビニール袋に千円札を入れて投げ返す。その行為を楽しんでいたとき、ふと気づいたんです。

ある青年が千円札を受け取り、太陽にかざして片ひざをついている。神様に祈りをささげ、感謝していたんです。それを見てハッとしました。自分は25歳の会社員で何も成し遂げていないのに、悠々と海外旅行を楽しんでいる。一方、現地の人たちは川で洗濯するような貧しい生活。この差はなんなのか?

よく考えれば、終戦後の日本も似たような状況だったでしょう。食うに困る状況で、職業選択の自由なんてない。両親から苦しい生活を聞いていました。そこから数十年で豊かになったのは、先人のおかげです。松下幸之助さん(パナソニック創業者)や盛田昭夫さん(ソニー創業者の一人)をはじめ、さまざまな起業家たちが日本を繁栄に導いてくれました。

エジプトを訪れたのは1993年です。大企業に就職すれば一生安泰という空気でしたが、すでにバブルは崩壊。このままじゃ日本の将来は危うい。先人にならって、私も挑戦しよう―。そんなふうに船の上で起業を決意しました。

―創業が93年、会社設立が94年ですよね。

ええ。以前から事業アイデアは考えていました。どの分野で起業すべきか、友だちと勉強会を開いて。そして、FAXを活用したダイレクトマーケティング事業をスタート。当時はダイレクトマーケティング市場がアメリカで急拡大していたので、日本にも波が来ると予想したんです。初期投資が低く、大手広告代理店と競合しない点も魅力でしたね。

チーム経営と目標設定によって、成長の壁を突破

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―その後、約7年間にわたって業績が伸び悩み、2001年に好転します。成長の壁を乗り越えた理由を教えてください。

最大の要因は、経営体制の変更です。それまで創業社長の私がすべてを決めていましたが、業績(売上や利益など)をつくるのは苦手でした。そこで4人の経営陣で役割を分担。私はCEOとして大きな方向性を示し、COOが実務の執行、CFOが財務、CMOがマーケティングと営業を統括するようにしました。

特に大きかったのは、COOの役割ですね。私は朝令暮改タイプなので、昨日と今日で言うことが違うんですよ。でも、それじゃメンバーを混乱させてしまう。COOに戦略を一任すると、メンバーが着実に計画を推進し、数字が上がっていきました。

―そのほかの要因はありますか。

2つめの要因は、明確な目標設定です。経営陣が腹を割って話し合い、中期経営計画を定めました。その名も「333計画」。3年後に売上30億円・利益3億円を達成し、上場をめざす計画です。そうやって目標を統一した結果、役員4名の判断軸がブレなくなりました。

目標設定の重要性は、澤田秀雄さん(エイチ・アイ・エス創業者)に教えてもらいました。若手経営者が集まる講演会に参加し、澤田さんの言葉が胸に刺さったんです。

「上場したい」「オリンピックに出たい」など、「~したい」という抽象的な願望は実現しない。腹の底から目標を決めて、「いつまでに、なにをする」という具体的な計画を決めなければ、絶対に達成できないと。

―チーム経営と目標設定が業績向上の原動力になったわけですね。

あとは選択と集中。当時展開していた4事業を統廃合し、ネット広告の分野にしぼりました。ですから、「マーケット選定」と「事業フォーカス」も成長の要因ですね。

もともとはオンラインの不動産販売会社を志向していたんですよ。でも、2000年の株主総会で大反対されて断念。当社の不動産事業の譲渡先ネクスト(現:ライフル)は、2006年に上場しました。

だから、「インターネット」という大きなトレンドさえ外さなければどのジャンルでも成長できたわけです。実際広告代理、不動産、証券、求人など、各業界で2位以内のネットベンチャーは全て上場しましたから。

―株主総会の結果次第では、不動産会社として上場したかもしれないと。

とっても健全な総会でしたよ。出席者はベンチャー企業の経営者、大企業のトップ、経営コンサルタント、大学教授など。その後も多彩な株主に応援団となってもらい、さまざまなアドバイスをいただきました。

「先義後利」を貫きながら、適正利益を得る

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―創業から約25年が経ち、鉢嶺さんはグループ従業員1500名以上を率いる立場になりました。リーダーとして、大切にしていることを教えてください。

「先義後利」です。先にお客さまや社会に貢献すれば、利益は後からついてくる。この考え方は創業時から変わっていません。93年からの1年間は会社設立に向けた準備期間。毎日パソコンを開いて、「こんな会社をつくりたい」という条件をワードに書き出していました。

お金儲けのために起業するわけじゃない。やるからには、日本経済の繁栄に貢献したい。世の中にインパクトを与えたい。社会的な課題を解決したい―。そういった想いから共通するエッセンスを抽出し、5つの基本理念(現:グループバリュー)を定めました。

―設立時から企業理念を明確化していたわけですね。

ええ。ただ、社会貢献に対する想いが強すぎて、業績低迷の一因になりました。儲けるのを悪いことのように考えてしまい、7年間苦しみましたね。松下幸之助さんや稲盛和夫さん(京セラ創業者)の本を読み漁り、かたっぱしから経営術を実践したけれど、なかなか結果が出ませんでした。

そんなある日、稲盛さんの著書を改めて開いたんです。すると、「顧客や社会に貢献するためには、適正利益が必要」と書いてある。利益を得て次なるサービスに投資しないと、お客様に迷惑がかかると。その言葉が腹に落ちて、ガラッと発想が変わりました。

―よくあるパターンと逆ですね。たいていの起業家は、まず利益を重視しますから。

そうかもしれません。だから、同年代の社長仲間には冷やかされましたよ。「ナニきれいごとを言っているの?」と。

当時は24時間365日、会社のことを考えていました。「これだけやって業績が上がらないなんて、よっぽどオレは経営者に向いていない」と自己嫌悪に陥ることも。だからこそ、未練なくチーム経営に移行できたわけです。数字をつくるのは、他の役員の方が何十倍も上手ですよ。

全企業のデジタル化を支援。2030年に売上1兆円へ

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―そこから、大きな方向性を示すリーダーになったわけですね。では、今後のビジョンを聞かせてください。

‟デジタルシフトカンパニー”として、2030年に売上1兆円を目指しています。いま起こっているデジタル産業革命は、数百年に一度の大きな潮流。あらゆる企業がデジタル化しなければ、大変化の時代を生き残れません。

また、私たちはネット広告の領域でサービスを提供していますが、最近はクライアント企業の要望が広がってきました。「広告」という枠組みを超えて、ビジネスモデルの変革、社員のデジタル化教育など、オーダーの幅がどんどん広がってきたのです。

そういったデジタルシフト全体を2030年まで推進します。企業と社会がデジタル産業革命に適合すれば、日本の競争力も高まるでしょう。

―売上1兆円は非常に高い目標です。

そうですね。きっかけは永守重信さん(日本電産・創業者)のアドバイスでした。数年前に会食した際、「まさか1000億円をめざすんじゃないだろうな?」と見透かされたんです。当時の売上高は300億円ほど。1000億円は高い目標のつもりでした。

「え? まずいですか?」と答えると、「1000億円をめざして達成するのと、1兆円をめざして5000億円になるのと、どっちがいい? 小さくまとまるんじゃねぇ」とハッパをかけられて。その言葉が刺さりましたね。

永守さんだけじゃありません。孫さんも柳井さんも澤田さんも大成功されているのに、さらに上をめざしてチャレンジしている。そんな諸先輩方の背中を見ると、大きな刺激をもらえます。オレはここで満足している場合じゃないと。そして壮大な目標を立て、どうすれば達成できるかを考えるようになりました。現在の延長線上ではなく、「逆算の経営」ですね。

―目標達成に向けた戦略を教えてもらえますか。

まずは「ヒト・モノ・カネ・情報」の4分野で企業のデジタル化をサポートしていきます。すべての会社がターゲットなので、市場規模は大きい。企業活動のバリューチェーンで考えると、R&Dに関する市場が17兆円、広告を含むマーケティング活動市場が約20兆円、人件費に関わる市場が100兆円、企業利益が60兆円です。これらの市場をデジタル化で我々の市場にしていきます。

シナジー投資事業でもやるべきことは明確ですよ。それはインターネットの新しい波に乗り続けること。シェアリングエコノミー、ブロックチェーン、ビッグデータ、AI、IoT…、それぞれが何十兆円という規模になるでしょう。その大きな波にハり続けて、社会的インパクトの大きな事業を生み出します。

これまで何度も波を逃してきた後悔があるんですよ。SNSやスマホゲームの流れが来たときは、競合他社の参入を傍観してしまって。でも「1兆円」という旗を立てたことで、自立した社員たちが知恵をしぼってくれるようになりました。これからは大きな目標に向かって、みんなの力を結集させます。

Leaders Item

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会社設立3年目の書初め。半紙と墨汁を購入し、全社員で基本理念(現:グループバリュー)の「先義後利」を揮毫した。鉢嶺氏は「目標を書いて張り出すのが好き」と語る。当時のオフィスは焼肉店の2階。その後、拡大移転を何度重ねても、この書を社内に飾り続けている。
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BUSINESS

事業内容

〇マーケティング事業
〇シナジー投資事業

COMPANY

会社情報

所在地:東京都千代田区四番町6 東急番町ビル
設立:1994年3月
資本金:78億3,500万円(2017年12月末現在)
従業員数:1,573名(2017年12月末現在)※連結
売上高:826億円(2017年12月期実績)※連結

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