読書と実践をくりかえし、経営の軸が定まった

株式会社ラクス

代表取締役 / 中村 崇則

メール管理ツールや経費精算システムをはじめ、領域特化型のクラウドサービスを提供するラクス。導入実績はのべ5万社以上。そのほとんどが中小企業だ。なぜ、大企業よりも中小企業の支援に注力しているのだろうか。経営者としての原体験、大切にしているマインドなどをまじえて、リーダーの実像にせまる。

PROFILE

代表プロフィール

1973年、山口県生まれ。1996年、神戸大学経営学部を卒業後、日本電信電話株式会社(NTT)へ入社。1997年、同社在職中に同僚らと合資会社DNSを設立。メーリングリストサービスを開発・提供し、1998年にNTTを退職。2000年1月、株式会社インフォキャストに改組。同年10月、楽天株式会社へ同社を売却。2000年11月、株式会社アイティーブースト(現:株式会社ラクス)を設立し、代表取締役に就任。2015年12月、東証マザーズへ上場。メール管理や経費精算など、業務を効率化するクラウドサービスを開発・提供している。

NTTの同僚と24歳で起業。月1万円で過ごした青春

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―ラクスを設立する前に、中村さんは別の会社を創業しています。経営者としての原体験について聞かせてください。

はじめて起業したのは24歳の頃です。NTT在職中に同僚5名と会社をつくり、メーリングリストサービスを開発しました。少しずつ売上が上がるようになったので、翌年にNTTを退職。ただし、私は社長じゃないですよ。プログラミングや営業など、実務的な領域を担当していました。

その頃は会社というより、バンドみたいな感覚でしたね。いまのような企業理念や事業戦略はありません。将来の株式上場を夢見て、とにかくお金を貯めていました。たぶん、毎月1万円も使っていませんよ。出資金の多寡が持ち株比率に影響しますから。

―どうやって、毎月1万円で暮らしていたんですか?

当時は実家で暮らしていたので、家賃や光熱費はタダです。交通費は原付バイクのガソリン代のみ。あとは食費を節約するために、牛乳とチョコチップパンばかり食べていました。牛乳とチョコって、栄養ありそうじゃないですか(笑)。でも、毎日のように3食それで過ごしていたら、体を壊して…。食費をケチっちゃいけないと痛感しましたね。

もしも当時の自分に会ったら「コイツはうまくいかない」と判断するでしょう。実際、ノリやファッションでやっている面もありました。だけど、その時期があったからこそ、計画や理論の重要性が身にしみたんです。当社を設立する27歳の頃には、経営書を読みあさり、経営のセオリーや原理原則を書籍から学び、実践していきました。

日本経済を支える中小企業をITで強くしたい

―ラクス(当時:アイティーブースト)設立当初はITエンジニアのスクール事業を行っていましたよね。その後、クラウド事業を立ち上げた理由を教えてください。

「ITで中小企業を強くする」というミッションを実現するためです。中小企業はITに精通した人も予算も少ない。そこで人とお金がなくても業務効率化できるように、ASP事業をスタートしました。現在のクラウド事業ですね。

ミッションは設立時から明文化していましたよ。あの頃の日本は世界第2位の経済大国。中国経済が急成長を続けるなか、10年後も20年後も日本が世界の中心であるためには、中小企業を支援すべきと考えました。日本では雇用の約7割、GDPの約6割を中小企業が占めていますから。

―メール管理ツールの「メールディーラー」、経費精算システムの「楽楽精算」など、御社のクラウドサービスは多くの中小企業に導入されています。最初から領域をしぼって開発したのですか?
経費精算システム「楽楽精算」

経費精算システム「楽楽精算」

そうですね。まずは自分たちが困っていたこと、面倒な作業からサービス化していきました。その後は導入企業の声を聞きながら、改善を続けました。長く使ってもらえなければ、意味がありませんから。

お客さんの不満は営業やサポート担当が直接聞いたり、解約時に回答してもらったりしています。そこで得たヒントを施策に反映し、かゆいところに手が届くサービスに育てあげました。魔法のような手段はありません。一つひとつの地道な取り組みの総和が、サービス内容の向上に繋がるのです。

―最近は「働き方改革」が注目をあびています。クラウドサービスを通じて、どのように中小企業の働き方を変えていきたいですか?

そもそも論として、企業規模を問わず、今後は長時間労働がなくなっていきます。これはデジタルトランスフォーメーション(情報技術による変革)を含めて、世界の潮流。若い人のマインドが変わり、精神論じゃ働かなくなりました。2000年以降に社会に出たミレニアル世代では、特に顕著です。したがって、短時間で成果をあげなければいけません。

この流れに対応できない企業は、いずれ淘汰されていきます。最近は「ブラック企業だから辞める」という人も多いですよね。これからは人材採用すら難しくなるでしょう。だからこそ、クラウドサービスで業務を効率化して、長時間労働を是正してほしい。結果として、中小企業の働き方改革にもつながります。

アメリカ進出、個人向けサービスの失敗から学んだこと

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―「失敗を恐れずに挑戦しろ」というメッセージを社内に発信していると聞きました。なぜ、このマインドを大切にしているのですか?


失敗と成長はセットだからです。失敗していない理由は、できることしかやっていないから。すると、組織も個人も成長しません。ゴルフやテニスに置き換えても同じです。簡単なプレーなら失敗しないけれど、難しいプレーにチャレンジすると、どうしても失敗が発生する。これが大事なんです。


一度失敗すると、次は同じ失敗をしなくなります。少なくとも、失敗の確率はどんどん低くなる。これが成長の構造なので、当社では失敗を許容しています。同じことばかりしていたら、成長率も高まりません。そのうちに他社にマネされて、強みが失われてしまうでしょう。


―ご自身の失敗から得た教訓を教えてください。


たくさんありますね。たとえば、2012年にシリコンバレーへ進出して、アメリカ市場で戦いました。それまで、多くの日本企業が失敗していたのは知ってましたよ。でも、自分たちならできると過信していたんです。


案の定、結果はダメでしたが、大きな学びを得られました。それは、投入リソースがビジネスの勝敗をわけること。当時のラクスは売上30~40億円ですが、あっちの企業はケタが違う。お金も人も大量につっこんでくるので、勝てないんです。


それがわかって以来、経営者仲間が「アメリカに進出する」と言い出したら、「絶対に失敗するぞ」と反対しています。なのに、誰ひとり耳を貸そうとしません(笑)。


―「オレならできる」と思っているんでしょうね。


気持ちはわかりますよ。あとは飲食店のマッチングサイトも失敗しました。おかげで「toC(個人向けビジネス)」と「toB(法人向けビジネス)」の組織カルチャーが決定的に違うことがわかりました。


組織はやることに応じてノウハウを蓄積し、効率化し、チューニングされていきます。そうやって高めた当社の競争力が、他分野に転化できなかったんです。あることに優れた組織は、他のことにも優れているわけじゃない。結果として「toCはやらない」という方針が定まりました。


数々の失敗を経て、ビジネスの勝率もわかってきましたね。主観では約3割。時系列にそってプレイヤーの数が増減したり、相手の出方が変わったりするので、スタート時には未来を正確に予想できません。走りながら考えて、勝率を上げていくつもりです。

知識と経験が合致して、見識を身につける

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―失敗と成長の関係性に気づいたのは、いつ頃ですか?


昔から、なんとなくは感じていたんですよ。いろいろ失敗するなぁと。その構造を理解したのは社長という立場になってから、真剣に本を読むようになってからです。体系的な理論と経験則が合致して、腑に落ちました。失敗しないと成長しないって。


だから、経営者に限らず、本は絶対に読むべきです。読まずに人生を歩むのは、説明書と攻略本を読まずにロールプレイングゲームをやるようなもの。ルールと攻略法を把握していないと、めちゃくちゃ効率が悪いんです。先人の知恵に学んだほうが、うまくいく確率が格段に上がります。


だけど、本にはウソも書いてあるし、やってみないとわからないこともある。当社を設立した頃は、私も経営書の内容に半信半疑でした。たとえば経営学の名著に「ビジョンを唱えて経営すべき」と書いてあるけど、まったく腑に落ちない。ビジョンや企業理念の必要性を確信したのは、35歳くらいになってからです。


―会社を設立して、9年目くらいのことですね。


なにが正しくて、なにが正しくないのか、最初はわかりません。経験を重ねて一つひとつの知識がハマり、判断基準や考え方が定まってきました。なので、いまは経営に感情を入れないようにしています。感情が入ると、判断が鈍りますから。


たとえば、麻雀で「このチャンスを逃したくない」「絶対にアガりたい」といった感情が入ると、最後の最後で勝ちきれません。あと一歩で役満(難易度が高く、最高点数の役)をアガれそうな状況でも、暫定1位のプレイヤーは守りに徹すべき。経営者はステークホルダーに対する責任があるので、なおさら冷静な判断が重要です。

クラウドサービスと技術者派遣でデジタル変革を支援

―クラウドサービスの業界には、数多くの競合企業がひしめいています。今後の戦略を聞かせてください。


まずは既存サービスを強化します。ベトナムの開発拠点も活用し、より良いものをより安く提供していく予定です。


あとはクラウドサービスとIT技術者の派遣を通じて、中小企業のデジタルトランスフォーメーションを支援します。そのなかでニッチトップになれるような製品群をラインアップ。自社開発とM&Aを両輪にして、シェアを高めていきたい。かつて何十社もあった国内の自動車メーカーが集約されたように、これからクラウドサービスの業界も寡占化が進むと予想しています。


―ラクスという社名には「顧客に楽(ラク)になってほしい」という想いがこめられているそうですね。


ええ。当社の役割は、縁の下の力持ち。手作業やエクセルなどで行っている業務をシステム化し、顧客に“楽”をしてほしいと思っています。時間に余裕がなければ、創意工夫もできません。ITで業務を効率化して空いた時間をつくれば、考えるべきことに時間を使えるでしょう。

Leaders Item

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愛読する経営書(一部)。何百冊も読破し、自身の指針にしてきた。「経営者としての人格形成は、本から受けた影響が9割以上。人と会うよりも効率的に学べる」と中村氏は断言する。
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BUSINESS

事業内容

〇中小企業向けクラウドサービスの企画・開発・販売
・メール共有・管理システム「メールディーラー」
・経費精算システム「楽楽精算」…等

COMPANY

会社情報

所在地:東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目27-11 アグリスクエア新宿2階・3階
設立:2000年11月
資本金:3億7,837万8,000円
従業員数:連結:659名/単体:328名(2018年7月1日現在)
売上高:64億800万円(2018年3月期)