800万ダウンロードを超える国内最大級のオンライン家計簿サービス『Zaim(ザイム)』。家計管理の新定番として世代を超えて親しまれるその理由は、“暮らしを楽しむ”をコンセプトに置くことにあるという。プロダクトの開発者でもある、株式会社Zaim 代表取締役 閑歳孝子さんに、Zaimのサービスや開発の背景について伺った。
PROFILE
代表プロフィール
大阪府生まれ。大学卒業後、株式会社日経BPに記者として入社。その後、2社のITベンチャー企業へ就業するなか、プログラミング技術を習得する。4社目に在職中の2011年、家計簿サービスアプリ『Zaim』を個人開発のうえリリース。翌年、株式会社Zaim設立と同時に、代表取締役に就任。現在に至る。
家計を通して日々の暮らしを良くする。家計簿サービスが提案する新しい発想
―Zaimが生まれた背景からお聞かせください。
開発した2011年当時は日本でiPhoneが発売されるなど、モバイル市場がガラケーからスマートフォンに移行しつつありました。これにともないアプリを介した様々なサービスが徐々に生まれはじめ、いくつかのWebサービスの開発に携わっていた私は、この知見をどう活かそうかと考えていました。
中心に置いたのは、誰もが使う可能性のあるサービスです。今後、デジタルが世の中の主流になったとしても、お金を使わなくなる人はいないと考えました。そこで、出来上がったのが家計簿サービスアプリ『Zaim(ザイム)』です。
当時、家計管理のツールといえば紙のノートやエクセルでした。Zaimは、これらではできないことを実現することが発想の基点になっています。たとえば、カメラ機能でレシートを撮影したら家計簿に反映される、金融機関と連携できる、といった技術をいち早く実装しています。その後、サービスに広がりが出るなか、支出入の管理、資産の管理以外にも、保険や住宅ローン、さらには自治体から受け取れる定額給付金などもZaimで一元管理できるようになっています。
―家計管理というカテゴリーでくくるなかには、他サービスもいくつかありますが、そのなかでのZaimの立ち位置、差異化ポイントはどういうものとお考えですか。
Zaimは、本質的には家計簿や資金運用の効率化を目指しているわけではなく、家計を通して個人の暮らしをよくするサービス、個人のライフスタイルと密接に関わるサービスを目指しているのが、大きなポイントです。
たとえば、今月は交通費と食費の支出が多い、という傾向があったとしたら、「友人との外食が多かったなあ」と、日記的に思い返せることを重視しています。この結果が自分の意図しないことであれば見直しの対象になりますが、自分の好きなこと、目的に合ったところにお金を使えているのなら良いという考えかたです。
さらには、理由のあるところにお金を使えてはいるものの、お金が足りないのならば、収入を増やす、または無駄遣いを改めるといった行動につなげていく部分も意識しています。いわゆる資産を増やす的なメッセージを持ち合わせてはいません。ユーザーさんも、手もとにあるお金を基にした消費活動によって生活をいかに豊かにするのかに関心を示す方が多いと感じています。
―ユーザー層の属性の特徴や傾向はありますか。
現在、利用者の約6割が女性で、年代としては20~30代が多いです。就職、結婚、出産、それからマイホームの購入といった人生の節目を迎えたことを機に使い始めることが多いようです。ただ、最近は50代以上のご利用も目立ち始めています。
しかし、20~30代の方とはご利用になる目的が異なり、リタイヤ後の暮らしを意識しておられます。年金で生活している方は、次の受給までお金をどのようにやりくりしようかという思考をなさっており、皆さん、とても真剣です。この層からの問い合わせは非常に多いです。
―サービスを通して、ユーザー一人ひとりの人生を垣間見られるところがあるんですね。しかし、同じサービスなのに使いかたが異なる部分は興味深いです。そのぶん、それぞれのニーズに応えていくには難しい部分もありそうですが。
そうですね。「年金の受給のタイミングに合わせて、収支を2か月単位で見られるようにしてほしい」という問い合わせも実際にいただいています。ただ、そこで仕様を変更するのではなく、「1か月ごとに予算の変更ができますよ」と、違う形でフォローしています。
このほか、銀行やクレジットカードの情報をアプリと連携することをリスクと捉える方もまだ多いので、安全性を担保することと同時に説明も厚くしてはいますが、その一方で連携しなくとも収支を記録するツールとして活用できるようにしています。このように、どんな使いかたでも対応できる点は、特徴の一つです。
デジタル社会がもたらす、お金との新しい付き合いかた
―現在、コードを使った決済システムをはじめ、支払い方法の多様化が進んでいます。国自体も力を入れていると聞きますが、これらの動きを踏まえたうえで、今後日本のフィンテック市場はどのように伸びていくとおもしろくなるとお考えですか。
キャッシュレス決済に対する利用者の感想が、「現金の代わりになる」「財布が薄くなった」というだけでなく、お金を支払う部分を超えた利便性の向上をはじめ、人の行動が変わるところまでつながるといいですよね。
例えば中国では、決済のみならず注文からすべてがQRコードで完結できるサービスが広がっています。国内でもLINEが始めていますが、これが普及すると、ゆくゆくは顧客の利便性のみならず、経済を動かすという大きな視点からみても有用になるのではないかと考えます。物流網の充実、人の雇用も含め、新たな変化を生むトリガーとしての期待や希望は大きいのではないでしょうか。
―いまお話しいただいた視点をもとに、Zaimでも機能の拡充、新しいサービスの開発といった広がりかたがあると思いますが、現時点での構想はいかがでしょうか。
当社のコアターゲットは個人なので、フィンテックっぽい広がりというよりかは、やはりご利用者が便利に感じてもらえるような、それこそ行動が変わるきっかけになるようなメニューの開発を念頭に置いています。
以前、ユーザーさんから、「Zaimをきっかけに、自分に自己投資したい気持ちが生まれた」という話を伺いました。その方は当初、教養教育といった支出カテゴリに、自分の思うほどお金をかけていなかったことが分かり、もっと勉強しよう、自分に投資しようという方向に行動が変わったそうです。
このように消費行動がデータを通して見えてくる点は、当社のサービスならでは。このほか、家計管理が楽になったり、家族が同じ情報と認識のもと家計について一緒に考えたりできるところまで、サービス性を高めていきたいです。家計簿のサービスというよりも、暮らしを支えるサービスになりたいですね。
ユーザー数の増加が設立の一因に
―Zaimはとてもユニークな変遷をたどっていると聞きます。どのように生まれ、現在に至るのでしょうか。
実は、Zaimは私による個人開発です。
私は、新卒で日経系の企業に入り、そこで記者を3年半続けていました。ただ、大学でインターネットの仕組みを研究していたことから、サービスの開発にずっと興味を持っていたのです。そこで、25歳でITベンチャーに転職し、しばらく開発ディレクターをしていましたが、エンジニアリングへの憧れは大きく、独自でプログラムを学びつつ、社内のエンジニアに教えてもらいながら、開発スキルを身に付けました。
その後、4社目の会社に在籍中、合間を見てZaimをつくりました。東日本大震災の影響で、開発を中断していた期間もありますが、半年ほどでサービスインできました。おかげさまで1年が経つ頃には、数十万人の方にダウンロードしていただけるほど好評を博しましたが、この膨大なユーザー情報を一個人がお預かりしている状態はリスクと考えたことが、会社設立にいたりました。
―開発と聞くと、「自分には遠い世界」と感じる人もまだまだ多いと思うのですが、閑歳さんを惹きつけた、その魅力はどういう部分にあるのでしょうか。
一番は、作っている実感の大きさです。ブロックでお城を作る感覚に近いかもしれません。誰の力を借りなくとも、一人で築城できる。うまくいくのもいかないのも自分次第。そこにおもしろさを感じます。
もう一つは、誰かに使ってもらえると単純に嬉しいから。大学の研究で作ったサービスはまさにそうでした。友人のみならず、知らない人までも「このサービスはとても便利だ」と言って、使っていました。自分の手を離れ、サービスだけが独り歩きしていったのです。このように、サービスの良さそのものを認めてもらえ、使ってもらえることに価値があると思っていますし、魅力の部分と感じています。
―その後、今日までのあいだに社員を採用されたり、2018年にはくふうカンパニーグループに加わったりと環境に大きな変化があったことと思います。一人で始めたところから業務を誰かと分け合う、他者の考えをサービスに取り入れることに対し、葛藤やこだわりはありましたか。
最初は、開発はもちろんのこと、デザインから文言にいたるまで自分で考えているので、サービス全体に自分のカラーが強く出ていることが気にはなっていました。
ですので、必要な領域に客観的な視点が入っていくことに抵抗はありませんでした。ただ、「サービスは拡張されるけれども」「利益にはなるだろうけれども」というように、引っかかる部分に関しての線引きはいまも葛藤としてはありますね。押し付けすぎても成長できないですし……まだまだ難しいところです。
―改めて、Zaimが800万ダウンロードされるまでに成長できた要因は、何だったとお考えでしょうか。
開発背景と重なりますが、国内モバイル市場が携帯電話からスマートフォンに移るタイミングと同期できた点は大きかったです。今までの端末ではできない体験ができることのインパクトはあったと思います。
それからZaimは、ほとんどがオーガニックからの流入による成長を遂げています。これはユーザーさんの口コミに支えられてきたからこそ。今後も、真に求められるサービスとは何かを考えながら、さらなる成長を目指します。
―最後に、閑歳さんが会社経営で意識していることを聞かせてください。
サービスには作り手の性格が反映されると思っています。ですから、当社のように暮らしに根付いたサービスを展開している企業は、なおさら公私のバランスが重要と考え、会社の運営はフレキシブルにしています。
具体的には、子どもの送迎に合わせた出退勤を可能にしたり、男性の育休取得を積極的に促したりしています。なかには、ご主人の転勤にともない地方に転居した女性社員が、東京に戻るまでの2年間リモートで働いていた事例もあります。
人生には労力のかかるタイミングが必ずあるので、そのときに社員が頭を悩ませることがないよう、会社も協力を惜しまずにいたいと思っています。そのぶん、オンタイムでは最大限のパフォーマンスを発揮してもらう。そんなメリハリのある環境をこれからも大切にしていきたいですね。
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大学卒業時にゼミの担当教授、佐藤雅彦氏から贈られた砂時計。以来、職場デスクにずっと置き続けている。「佐藤先生は、『考え方を考える』と、よくおっしゃっていて、在学中は3分間でアイデアを出すという課題に何度も挑戦していました」と、閑歳さん。砂時計を傍らに恩師に胸を張って差し出せるプロダクトを生み出そうと日々励んでいる。