スノーボード界にビッグイノベーション 「踏みつけて、滑るだけ」の新システム
スノーボードというスポーツが誕生して以来、常に業界を牽引してきた「バートン」。その歴史は、周囲をアッと言わせるイノベーションの連続だった。そして創業から40周年という節目の今期、バートンが打ち出してきたのは「Step On」。バインディングシステムに対する変革だった。なぜ、いまステップオンのバインディングなのか? 「Step On」の開発に携わったエリック・ゲイザー氏に伺った。
Product Commercialization (Hardgoods) Senior Business Unit Director エリック ゲイザー氏
今季のバートンが起こす バインディングシステムの革命
バートンの歴史はイノベーションの歴史でもある。1985年には「クルーザー」を発表。これは世界で初めてソフトブーツ、固定式バインディングを採用したモデルで、現在のフリースタイルバインディングの原型となっている。そして1996年には「カスタム」をリリース。20年以上たった現在でも愛され続けているボードで、ソチオリンピックで銀メダルを獲得した平野歩夢選手も、このモデルの愛用者だ。そして2008シーズンから登場したのが「THE CHANNEL SYSTEM」と「EST Binding」。従来のバインディングとは比較にならないほどのクッション性、柔軟性に加え、無限のスタンス調節を可能にし、世界をあっと言わせた新システムだ。
Step Onとエリック氏
そんなバートンが、今季発表したのが「Step On」だ。従来のようなベルトではなく、トゥの両サイドとヒール部の計3箇所のコネクションポイントでロックするブーツとバインディングのシステムだ。これによって、ブーツとバインディングの脱着にかかる手間と時間が圧倒的に短縮されるというものだ。
なぜいまステップオンを開発したのか? 「Step On」開発の経緯をエリックさんはこう語る。
「ひとつ目の大きな理由は、メーカーとしての気概。ここ最近、スノーボード界における革新的な製品が出ていなかったから、それを打破したいという気持ちは強かったですね。もうひとつは、技術的なことです。特に3Dプリンターの目覚ましい発展が後押ししてくれました。3Dプリンターによって、これまでとは比べものにならないほど短時間でプロトタイプを作成できるようになった。プロトタイプの段階でのアップデートも容易だし、アイデアをすぐに形にできるようになったことも大きいですね」。
【Step On】Boots "Photon" (Black)
開発スタッフたちは 4ヶ月間缶詰状態!
今回の「Step On」開発にあたって、バートンは特別にホワイトルームというものを用意したという。デザイナー4人は4ヶ月間そこに缶詰状態。ミーティングもなし、他のプロジェクトへの参加もなし、という具合にステップオン開発だけに集中してもらうというものだ。
「ホワイトルームで4ヶ月間かけてステップオンが生まれたんですが、そのことによってホワイトルーム自体の有効性にも気付きました。最近では、他のプロジェクトなどでも、ホワイトルームでの開発を取り入れています」
革新に苦労は付きものだ。もちろん今回の「Step On」もその例外ではなく、生みの苦しみもたくさんあったという。中でも難航したのがブーツの開発。
「いまお願いしているブーツ工場はもう14年ほどの付き合いで、とても素晴らしいものを提供してくれているんですが、今回はバインディングとのマッチングがとても重要でした。だから通常のブーツの作り方とはぜんぜん違います。例えば甲の両サイドのアタッチメント部分は、通常のものとは比較にならないほどの強度が必要です。それは、これまでブーツの工場がやったことのないものです。だから、どう強化すれば良いのか? 素材はどうするのか? などを一からやらなければならなかったんです。さらに、バインディングとの接合部分の位置はかなりの精度が要求されます。それも今回の開発の中で難しかったポイントですね」
【Step On】Binding (Black)
これまで培ってきたノウハウがほとんど役に立たない状況での開発。バインディングにくらべ、ブーツは社外に依頼しないと試作が作れない場合も多く、それが苦労に拍車を掛けた。
「バインディングのほうが、ブーツに比べれば強化するノウハウがありましたし、カカトのホールド部分のシステムは、従来のバインディングでも他の部分ではありますが、使われていたものです。だからバインディングのほうが想像もしやすいし、開発もしやすかったのは事実です。バインディングのパーツなら3Dプリンターでどんどん作れるというのも大きいですね。こういうアイデアを試してみようと思ったら、次の日にはプロトタイプが出来上がっている。でも、ブーツの場合はオフィスでできることに限りがあるので、工場とのやりとりに時間がかかるということも、大きかったですね。ブーツの修正を工場に出している間にもバインディングのほうはどんどん試作を重ねられますからね。とはいえ、バインディングが簡単というわけではありませんよ(笑)。あくまでもブーツと比べれば、という話です」
Step Onを履く様子
製品に待ち構えているのは 度重なる極限状態でのテスト
そうして出来上がった「Step On」を待ち構えていたのは、呆れるほど緻密で苛酷なテストの連続だった。3000時間以上のスノーテスト。150人以上のテスター。
「3000時間のスノーテストというのは、ほとんどが社内の人間がテストしたんですが、それ以外にもコーディネーターがチリに行って、2週間半、現地の人たちにテストしてもらったりもしています。マウント・フッド(オレゴン州)でも、同様の大規模なテストをしています」
そういったフィールドテストの他にも、ラボでのテストも繰り返し行われた。
「耐衝撃性や、ボードから外れないかなどを含む耐久性など、通常のプロダクトでも行うようなテスト以外にも、ステップオンのために独自開発したテストもたくさんやりました。例えば、ある一定期間脱着を繰り返して、その後に水をスプレーして、低温状態に持って行く。そうするとどんどんバインディングとブーツが氷の塊のようになっていくんですが、そういう状況下でも、接合部分が凍らないか、というテスト。これは今までやったことがないテストですからね。そのための機材も一から作りました」
耐久テストでは、機械による5000回の脱着テストの他にも、実際に人間が冷凍室の中に入って、一週間くらいかけて人力で5000回テストした。
「製品にもテスターにも苛酷すぎるこのテストには、様々な社内ボランティアに協力してもらいましたよ(笑)」
Step Onで華麗にライディングするライダー
「Step On」が目指すのは より快適なスノーボード体験
実は、ベルトを排除したバインディグ&ブーツは、ステップインという形で1990年代中頃に、バートンを含め各社が一度開発したことがある。当時は技術面の問題から主流にはならなかったが、そういった旧来のステップインと、今回の「Step On」の最大の違いはなんなのだろう。
「従来のステップインバインディングだと、ブーツの裏にすごく固いパーツを付けなければいけなかったため(メーカーによっては金属パーツ)、柔軟性が損なわれていました。でも、「Step On」のブーツは通常のブーツと比べても柔軟性になんら変化はないので、ステップインとは違い、ナチュラルなライディングを楽しめます。それに加えて、ステップオンはとても脱着がとても簡単なところも大きなメリットと言えます。」
この「Step On」は契約ライダーたちからも好意的な目で受け入れられているという。
「自分たちが欲しいものを開発しようという思いから始まっているので、開発の段階では、トップライダーの要求のみを満たさなければいけないというプレッシャーのようなものはありません。でも、いろいろなライダーたちが興味を持ってくれて、試してくれた結果、かなり好評を得ています」
バートンがスノーボード業界にもたらした、久しぶりのビッグイノベーション。乗り手の意見を常に取り込み、本当に良いと自信を持ってモノ作りを続けてきたバートン。「Step On(踏みつけ)て、滑るだけ」。バートンが満を持して送り出してきた「Step On」からは、未来のスノーボードの形が見え隠れする。
文:櫻井 卓 写真:yoshitoyanagida.net
BURTON Step On 公式サイト
https://www.burton.com/jp/ja/step-on
BURTON Step On イメージムービー(youtube)
https://www.youtube.com/watch?v=LDso0E5dgOk
BURTON