ファッション業界の風雲児・カイタックインターナショナルが実践したマーケティング戦略とは

カイタックインターナショナル

デニムを中心とした自社ブランドとインポートブランドの商品を取り扱うアパレルメーカー「カイタックインターナショナル」。不況のあおりを受けて経営に苦しむ競合他社が多い中、同社はマイケル・ポーターの提唱する「バリュー・チェーン(価値連鎖)」というマーケティング理念を実務遂行の中で社内に浸透させることで飛躍的な成長を遂げてきた。
カイタックインターナショナル代表取締役副社長の加賀正稔氏と、同社の社外コンサルタントを務める高山信彦氏に、変革の軌跡をお聞きした。
(左)カイタックインターナショナル加賀正稔氏 (右)同社の社外コンサルタントを務める高山信彦氏
(左)カイタックインターナショナル加賀正稔氏 (右)同社の社外コンサルタントを務める高山信彦氏

「感性と感覚に頼る時代」の終焉

──どちらかといえば「感性や感覚でモノをつくる」というイメージの強いファッション業界ですが、そもそもカイタックインターナショナルが高山さんをコンサルタントとして招くことになったきっかけはなんだったのでしょうか?

加賀正稔副社長(以降、加賀):おっしゃる通り、この業界で働く人間の多くは、「イケているか、イケていないか」という感性に頼って仕事をしているように思います。私も以前までは、御多分に洩れずそうでした。しかし、現場の仕事を離れ、経営者の立場につくと、センスや感覚を頼りに下した自分の判断が会社の将来をも左右してしまうことに不安を覚えるようになってきたのです。そんな折、弊社代表取締役社長の貝畑が社員の意識改革のために、高山先生をお招きしました。

高山信彦(以降、高山):私がカイタックインターナショナルで行っているのは、社員を対象とした経営塾です。アメリカの経営学者・マイケル・E・ポーターが著した『競争優位の戦略』(ダイヤモンド社)などの本を熟読していく中で、経営学の基礎を徹底的に学んでもらいます。
カイタックインターナショナルで行った経営塾第一期の受講生の一人が、加賀さんでしたね。

加賀:そうなんです。実を言うと、私は当初、先生の授業を斜に構えて受講していました。経営学の授業を受けたくらいで自分たちの会社が大きく変わるとはとても思えませんでしたからね(笑)。

──そのような意識が変わるきっかけとなった出来事はなんだったのでしょうか?

加賀:高山先生の授業で課題となる本には、マーケティングの考え方をロジカルに説いたものと、ものごとの考え方を説いた哲学的なものの二種類があります。私はこれまで、ファッション業界を「予測不能なもの」だと思い込んでいたのですが、本を読み進め、授業を受講していくうちに、学んできたことをスッと実業務に落とし込んでイメージできるようになっていきました。そして、「ロジカルに突き詰めて意思決定を下すことができれば、ある程度のことは予測できるのかもしれない」と思えるようになったのです。腹落ちしたというか、ある意味自分の中でイノベーションが起きた感じでしたね。

高山:加賀さんは確固たるポリシーをお持ちですし、出会った当初は感性だけで生きている方なのだと思っていました。しかし、授業を進めていく中で、実は論理的な考えもできる方なのだな、と。
先ほど加賀さんがおっしゃった通り、授業の途中から、ご自身でハッと気づいた瞬間があったようで、それからはとても前のめりに参加してくれましたね。
カイタックインターナショナルを生まれ変わらせたバリュー・チェーン
カイタックインターナショナルを生まれ変わらせたバリュー・チェーン
──経営塾では、具体的にどのようなことを学ぶのでしょうか?

高山:私の授業は、ひと言で語れるようなものではないのですが、実際にカイタックインターナショナルが社を挙げて学んだ理論のひとつに、バリュー・チェーンというものがあります。これは、商品の開発から、それが顧客の手に届くまでの一連の過程を、ひとつの連鎖としてとらえる考え方です。 バリュー・チェーンとは、いわばそれぞれが最も適切なポジションで連携しながらゴールへ向かっていくサッカーチームのようなものです。それまでのカイタックインターナショナルでは、デザイナーや工場の職人、営業担当が個々のセクションで独立して仕事をしていました。しかし、それでは、本当に顧客が求めている商品をつくることはできませんし、製造過程でのロスも大きい。カイタックインターナショナルはその部分の意識を大きく改めたのです。

加賀:通常、アパレル企業のデザイナーの多くは、会社の売り上げや製造コストに関心をもっていません。仮に、自分が何気なく考えたデザインによって、その先にいる職人が多大な労力を強いられていたとしても、それを知ることはなかったのです。しかし、バリュー・チェーンという考え方を社員に浸透させていく中で、職人や営業、ひいてはその先にいる顧客が真に求めている商品を明確にイメージし、仕事にあたることできるようになったと思います。

──実際にバリュー・チェーンを実践することで、どれほど売り上げが伸びたのでしょうか?

加賀:高山先生の経営塾がスタートした翌年には、売り上げが倍になりました。先生の授業を受けた当初、私は「3年でYANUK(注:カイタックインターナショナルが展開するデニムブランド)の売り上げを業界トップにする」という目標を立てましたが、正直なところ本当にそこまでうまくいくとは思っていませんでした。ところが、3年後にはそれまでの業界トップブランドの売上を大きく凌ぐ13億(注:卸売)を売上げたのですから自分でもびっくりです。売上が3年で6倍になったわけですから。

カイタックインターナショナルが一人勝ちを続ける理由

──高山さんはカイタックインターナショナル以外にも、東レやみずほ銀行、全日空などの大手企業で経営塾を主宰されてきたとのことですが、ほかの業界に比べると、ファッション業界にはどのような印象を受けましたか?

高山:「顧客のニーズをとことん調査してロジックを突き詰める」という経営の基本は、どの業界でも変わりません。ポーターの経営学を学んだところで、どんな商品がヒットするのかということは誰にもわかりませんし、もしも売り上げに差が出るとしたら、結局は「やるべきことをしっかりとやったかどうか」という一点に尽きるのです。ただ、ほかの業界に比べると、感性に頼る傾向が強いファッション業界では、それが徹底されていない割合が多いように感じますね。

加賀:私の知り合いの同業者を見回しても、ここまで経営戦略を突き詰めている企業はありません。感性だけで戦略(戦略と言えるかどうか疑問ですが)を進めると、結局のところやってみなければ結果はわからないということになるのです。私もかつてヒットブランドを幾つか仕掛け、鼻高だった経験がありますが、今思えば何でヒットしたのかという明確な理由が説明できませんし、勿論すでに消えてしまっています。この業界におけるヒット商品とは泡の様に生まれては消えを繰り返すものだと思っていましたが、それは業界の特徴ではなくロジックが無かっただけなのだと今は思います。ここ数年のYANUKの驚異的な伸びは、「狙って勝ち取った」という点で、過去の出会い頭的なヒットと大きく異なります。

ロジックに裏打ちされた提案が組織を変える

──社内にバリュー・チェーンという考え方を浸透させていくうえでは、苦労もあったのではないでしょうか。

加賀:それが、みんな意外とすんなりと受け入れてくれたのです。これも、高山先生の講義の中で学んだ、「ロジックを突き詰める」ということを実践した結果だと思いますね。カイタックインターナショナルでは、ほかの社員に対して何かプレゼンをしたり、指示を出したりする際に、事実に裏付けされた根拠を提示することを徹底しています。人は思いつきで提案された考えには、なかなか承服できないものです。しかし、確かなロジックのうえに構築された提案であれば、それが従来の定説を覆すようなものであっても納得して動いてくれます。

高山:それこそが、経営戦略を徹底した組織の大きな強みでもあると思います。「ロジックを突き詰める」という一貫した理念があるからこそ、他部署の人間同士であっても、共通の価値基準のもとで仕事をすることができるのです。



文:菊池 拓哉   写真:三浦 咲恵

2017年2月14日

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