岡山と東京を繋げるバリュー・チェーン 営業と工場との 密なるコミュニケーションの仕組みに迫る
社を上げてのマーケティング戦略塾の取り組み。そんな中での「バリュー・チェーン(価値連鎖)」というマーケティング理念を実践して以降、3年で売上6倍という快挙を成し遂げたカイタックインターナショナル。その華々しい飛躍を裏で支えていたのは、営業と工場との“密なるコミュニケーション”だった。シリーズ2回目となる今回は、その最前線で先導役を担ったゼネラルマネージャーの秋山尚之さんと、工場長の千田和文さんに話を伺った。
カイタックインターナショナル ゼネラルマネージャー 秋山尚之さん
自社工場=強みではない 大切なのは“風通し”
——まずはカイタックインターナショナルが持つ、自社工場の強みを教えていただけますか?
秋山尚之(以降、秋山):日本のアパレル製造業は、基本的に分業制なんです。型紙をつくる会社、裁断する会社、縫う会社、ボタンを打つ会社…それぞれ10人、20人の小さい工場がたくさんあって、そこを商品が行き来するのが一般的です。ただし私たちの自社工場では、いま言ったすべての工程が1箇所でできます。そこがまず、アパレル業界では非常にまれだと思います。
——現場レベルで秋山さん、千田さんがそれぞれ感じていた課題などありましたらお聞かせください。
秋山:まずはやっぱり工場と営業との“風通し”ですね。どのアパレルでもほとんどがそうだと思うのですが、そのふたつの関係がギクシャクしていることが多いです。
カイタックインターナショナル 工場長 千田和文さん
千田:一方は「工賃を上げてくれ」、一方は「商品を安くしてくれ」でしょう?
秋山:そうそう。つまり単純に自社工場=強みではないんです。逆にそれが足かせになることも多い。自社工場を維持しなければいけないから売れるかわからない商品をつくり、工場を埋めたけれどもできあがった商品が売れなくて在庫の山ができる…それが多くのアパレル会社の実状であり、課題でした。
——御社としてもその状況を打破しようという思いから戦略塾での取り組みが始まったそうですが、進めるにあたりどのような葛藤がありましたか?
秋山:まずはYANUK(注:カイタックインターナショナルが展開するデニムブランド)をリブランディングしようとなって、最初の一本目のベーシックなパンツをつくろうとしたのですが、かなり試行錯誤しました。いろいろサンプルをつくっては失敗して、直して…を繰り返し、結局一本のパンツをつくるのに、半年かかりました。でもこういう開発は自社工場でしかできないですよね。これこそが自社工場の強みですし、リブランディングは工場の協力なくしてはできなかったと思います。ちょうどそのころは、営業部自体の売上も伸び悩んでいましたし、工場の売上も同じような状況でした。「いまのままではダメだ」という想いが双方にあったからこそ、同じ目標に向かって突き進むことができたのかもしれません。
商品を納めたら終了ではなく 商品が売れたら“喜び”
——秋山さんは入社当時から工場で働いていたそうですが、その時に学んだことは何でしょうか?
秋山:私は新卒で入社して、工場の生産管理として10年間働いていました。当時は「工場は営業のしていることや市場のことをわかっていない」とたくさん言われましたね。ただ工場側からしたら、生産性を上げるために日々努力や工夫を積み重ねるのに精一杯で、外を見る余裕なんてないわけです。その経験があったからこそ、逆の立場になったときに営業や企画、プレスなどの考えていることを、工場の人たちにしっかり伝えようと思いました。
千田:加賀副社長や秋山さんが月に一回、工場に来てくれて、「営業はこんなことを考えている」「プレスはこんな取り組みをしている」と丁寧に説明してくれました。そしてそれを、工場の人たちに伝えてほしいと。それを受けて私の方でも、朝礼などを使って工場のみんなに話したり、商品が雑誌に掲載された時のカラーコピーを工場内に貼ったりなどもしました。やはり工場側としては、お客様に届くまでの過程や、そこへ至るまでの各担当者の努力を知ることで、ようやく商品の価値がわかる。商品の価値がわかると、手間がかかっても間に合わせようという気持ちになり、みんながやりがいを持って取り組むことができます。秋山さんを通じてそのようなことを知らなかったら、「忙しいのにそんなの出来るわけないよ」と思っていたでしょう。いまはお互いをリスペクトして、ひとつの商品をつくることができています。
秋山:そうですね。一般的な工場は、営業の物流倉庫に商品を納めたら終了なんです。それが私たちの工場では、商品が売れたら“喜び”になる。そこが大きな特徴で、工場と営業、それぞれ携わる人の最後の感覚が同じなんです。また、セールスアドバイザーが日本全国を回って集めたデータがすべて私に届くのですが、それをチェックして、関係者全員に送るんですよ。それはもちろん工場も同じで、そういったデータも共有できているのも大きいと思います。
千田:工場では例えばそういったデータを加工の担当が見て、「この商品が売れているから、在庫の商品でリメイクしてはどうですか?」といった逆提案をすることもありました。それは情報をもらっているからこそできることです。
秋山:そうなってくると、その提案に対してさらに別の担当から「こうしてみてはどうですか?」という新たな提案が生まれる。それがつまりバリュー・チェーンです。そしてそれは、社内の風通しが良く、問題が可視化されているからこそできることでしょう。
新設されたばかりのぴかぴかの工場
コミュニケーションの本質と “VOC”からの発想
——バリュー・チェーンを学ぶにあたって、社外コンサルタントの高山信彦さんによる経営塾に参加されたわけですが、最初に参加したときの率直な感想はいかがでしたか?
秋山:正直…辛かったですね(笑)。3回目までは自尊心が傷つけられっぱなしで…ただ4回目の時に、先生の言っている通りにやってみようと思って実行したら、褒められたんです。そのときに少し雲が晴れたような気がして、そこからは楽しかったですね。
——さらに部下へバリュー・チェーンの理念を伝えていく立場だと思うのですが、そこでの苦労や葛藤もあったのではないでしょうか?
秋山:それにあたっては情報を共有することが大事でした。でも最初のうちはなかなかわかってもらえないですよね。ただ自分ひとりではできないし、みんなに助けてもらわなければできない。だからとにかく私のやっていること、やろうとしていることを何度も何度も噛み砕いて説明しました。どんな風に怒られているかも含めて(笑)。そうするとだんだん理解してくれる人が出てくるんですよね。
千田:やっぱりバリュー・チェーンを理解するにあたって、私も難しくてわからない言葉が多かったです。ですので最初は本を買って勉強しながら、部下に説明していました。
——お二人にとっても学びの苦しみがありつつ、部下とともに学んでいった感じなんですね。
秋山:そうですね。ただ、ありがたいことに大変そうな自分の姿を見て、営業の人も工場の人も助けてくれました。バリュー・チェーンを学んだことで思ったのは、自社工場があることが有利になるビジネスプランをつくらなければいけない、ということでした。そして有利になる自社工場とは何かと考えたときに重要だったのが、先ほど述べた“風通し”の良い状態だったんです。
千田:秋山さんが経営塾に参加し始めたのは確か2012年ぐらいで、そこからどんどん良い方向へ向かっていったと思います。ただしそのころ、私たちの工場は建物がだいぶ老朽化していまして。けれどもYANUKを始め、売り上げが順調に伸びていったことで、ありがたいことに2015年に工場を改装することができました。工場内にLEDライトを設置し、ミシンも全部入れ替え、大きな洗濯機も何台か買いました。そうすると社員のモチベーションが上がって、生産性が1割上がったんです。やはり仕事に取り組む気持ちって大きいんですね。
——バリュー・チェーンというマーケティング理念を取り入れたことで、いろいろな面が劇的に変わったんですね。
秋山:そうですね。中でも営業と工場の関係が一番変わったんじゃないでしょうか。企画やプレスなどはわりと近い距離にいるのでまだ理解しやすいところもありますが、工場は場所も遠いですし、さまざまな面で理解し合うには他よりも労力がいります。
千田:私たちにとっては、秋山さんがいたことがありがたかったですね。工場出身なので、こちらの立場や言い分をわかってくれるので。
秋山:その分、厳しい面もありますけどね。ただし、無理は言うけど無茶は言わない(笑)。よくコミュニケーションというと、仲が良ければコミュニケーションが取れていると思われがちですが、そうではない。必要な時に、必要な情報を、必要な人に届けられるかどうか、それがコミュニケーションの重要なポイントです。
千田:基本的に相手が良い状態にならなければいけないですね。相手に利益をもたらすために、どのような活動をしたらいいかの情報を与える。それをみんなそれぞれが突き詰めて考えられたら、もっと品質の高い商品がつくれるでしょう。
秋山:これから先、若手には工場という生産現場に視野を広げてほしいですね。バリュー・チェーンはすべての工程で価値を高め、連鎖していくことが大切なので、どれかひとつを見ないようにすることは許されません。あと大切なのは、「VOC(=Voice of Customer)」。現在でも消費者の生の声を聞いて、商品開発の根拠にすることは根付いてきています。ただそれらの声を集めることができても、「こういうデータが出てきたから恐らく次はこうだよね」という仮説を立てることはなかなかできない。そういう発想をカイタックインターナショナルのみんなが持てるようになれば、私たちはもっと素晴らしい集団になれるのかなと思います。
文:中村勇次 写真:林孝典
第1話
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カイタックインターナショナル