世界初! 不二製油の「安定化DHA・EPA」が食を変える

不二製油グループ本社

1950年創業、製油メーカーとして後発だった不二製油は「人の真似をしていては道はない!」とさまざまな新事業にとり組み、数十年前から「健康油脂」をテーマに掲げてきた。今では、世界で一番使われている植物油の「パーム油」を、日本で一番加工しているメーカーでもある。そんな不二製油が、これまで誰も成し得なかった「安定化DHA・EPA」に成功したという。研究チームのリーダーを務める加藤真晴さんに、世界的な新技術について伺った。
不二製油グループ 株式会社未来創造研究所 油脂チーム リーダー 加藤真晴さん
不二製油グループ 株式会社未来創造研究所 油脂チーム リーダー 加藤真晴さん

他に類を見ないほど研究論文が多い栄養素「DHA・EPA」

DHAの正式名称は「ドコサヘキサエン酸」、EPAは「イコサペンタエン酸」。マグロやサバ、ブリなど、日本人には馴染みのある魚種に多い成分だ。「脳に良い」とか「健康に良い油」だと言われ、最近では「オメガ3脂肪酸」や「フィッシュオイル」などの名でサプリメント化され、需要が高まっている。

食の多様化で魚離れが進んでいる日本人は、このDHA・EPAが不足しがちだと言われている。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」(2010年版)では、1日1g以上のDHA・EPAの摂取が望ましいとされるが、日本人成人の平均はその半分ほど、20代などは2割ほどしか摂れていないというデータもある。

「たとえばマグロの赤身だと、焼いたりして油が流出していない生の刺身でも、5切れで100mgほど。1g摂るには50切れ食べなければなりません。大トロなら、脂がのっているのでもっと少なくても良いと思います。それでも、毎日は難しいですよね」

「特にDHAは、脳の発達や機能維持に重要な役割を持っていると考えられています。アルツハイマー型認知症の患者の方は脳のDHA量が大きく減少しているという報告もあります。DHA・EPAの継続的な摂取は、生活習慣病や心疾患、アレルギー、うつの予防・改善などにも関係していると言われます。さらに、妊婦さんの早産や産後うつが減るというデータもあるんですよ」

「DHA・EPAに関する論文は世界で約3万本にのぼり、最も健康優位性が明確な栄養素です。つまり、DHA・EPAがいかに体に良いかということは、たくさんの研究者たちにより明らかになりつつあるんです」

そんなDHA・EPAを「安定化」させることに、世界で初めて成功したという不二製油。それは一体、どういうことなのだろうか。

健康に良いことがわかっているのに、食品で使いにくいわけ

そこには世界中の食品メーカーが超えられなかった大きな問題が立ちはだかっていた。意外と知られていないことだが、DHA・EPAには「ニオイ」がつきものなのである。いわゆる「魚臭さ」は、DHA・EPAが数ある油の中でも群を抜いて酸化しやすいことに起因する。

「DHA・EPAは精製直後はにおいません。でも、空気に触れて酸化すればすぐに魚臭くなるため、食品に使うことがとても難しい。食べる時だけの問題ではありません。DHA・EPAを多く配合して食品を作ろうとすると、それを作る工場ではニオイが充満してしまう懸念があります」

「このニオイをなくすためには、『安定化』させて酸化を抑えることが必要でした。でもそれはこれまで数十年、誰も実現できなかったことなのです」

不二製油は、このDHA・EPAのニオイの問題を解消する方法を見つけることに世界で初めて成功したのである。この画期的な技術によって、たとえば牛乳やヨーグルト、パン、スープ、ドレッシング、お菓子など、さまざまな食品にDHA・EPAを入れることが可能になったという。

「乳製品がダメな方は牛乳ではなくお菓子で摂ったり、甘いものが苦手な方はパンからも摂れたり。いろいろな食品から無理なく少しずつ摂れれば、選択肢を広げることになります。サプリメントで摂れる方はそれで良いですが、なかなか続かない方が多いですよね。特に脳機能の育成に必要な子どもたちや、認知症を予防したい高齢の方には、サプリメントの粒を飲み込むこと自体が難しかったりしますから」

試作品だというDHA・EPAを配合したチョコレートをいただくと、確かにまったく魚のニオイを感じない。余計な味もしない。むしろ、口溶けも良くおいしいチョコレートだ。板チョコ1枚食べれば、一日のDHA・EPA不足分の約半分に相当する量が入っているらしい。

「香料などを使ってニオイをわかりにくくする方法もありますが、そうすると製品の味そのものが変わってしまいます。弊社で開発した安定化DHA・EPAを使えば、その必要もなくなります」

どうせやるなら、一番難しいものから挑戦しよう!

不二製油はもともと「固まる油」を得意としてきた。具体的にはチョコレートやホイップクリーム、マーガリンなどに使う油を手がけてきたメーカーだ。サラダ油のような液体の油はどちらかというとあまり得意とはいえない。一般に液体の油は固まる油よりも酸化劣化しやすい傾向にあり、液体の油の中でも酸化劣化しやすい代表例がDHA・EPAだ。

「『どうせやるなら、一番難しいやつからやろう!』という無茶な上司がいまして(笑)。社内でも、さすがに無理じゃないかという声があがっていたほどです。でも、もしこの一番難しいものでも安定化できたら、他はなんでもできるんじゃないかという思いもありました」

当初はたった2人の研究員で始めたが、やがて10人を超え、約3年の月日を経て実を結ぶこととなる。カギとなったのは、酸化を抑えるために「難溶性」の抗酸化成分を使うという常識破りの発想だった。油の酸化を抑えるためには、油に溶けやすい「易溶性」の抗酸化成分を使うのが常識だ。難溶性抗酸化成分は、その名の通り油には溶けないからである。

「考えられることは、とにかくすべてやりました。4ケタは軽く超えるような数の実験を重ねてたどり着いたのが『難溶性抗酸化成分』です。数値ももちろん大事ですが、何より大事なのは味をみること。たくさん食べているので、健康になったかもしれません(笑)」

常識破りの発想を技術力で後押しし、世界が夢みた食品が実現

「飲料などには酸化防止のために、ビタミンCなどが入っています。こういった成分は一般にとても良く知られており、イメージも悪くありません。このような油に溶けない抗酸化成分を油に溶かすことで、DHA・EPAが安定することがわかったのです」

溶けないものを溶かし込むためには、特別なノウハウがいる。その技術を独自に編み出したことも、今回の大発見を後押しした。また、実際の製品化につなげていくための研究には、社外からの大きな反響も力になったという。

「チョコレートの口溶けを良くする油だとか、味を良くするといったプラスアルファの機能性がもたらされる油を作るのとは違って、今回の安定化DHA・EPAは『ニオイをなくす』というマイナスをゼロにするもの。そこに市場性があるかどうかは、未知数でもありました。たくさんのヒット商品を輩出している大手食品メーカーの方に『これは面白い!』と言ってもらえたことや、これまでのDHA・EPAの研究を牽引してきたような方々に評価していただいたことなどは、プロジェクトを進めていく上で大きな力となりましたね」

安定化DHA・EPAを使った食品が一般消費者のもとに届くのは2017年の終わりか、2018年に入ってから。いつもの食卓で、おいしく無理なくDHA・EPAが摂れるようになる日は近い。この安定化DHA・EPAによって、これまでにない新たな食の可能性が広がっていきそうだ。

「ブームにはしたくない、と思っています。一過性のものではなく、健康のために継続してもらえるものにしたいですね。目指しているのは、『気づいたら自分の食卓にDHA・EPAが並んでいた!』という世界。質の悪いものが販売され、『DHA・EPAが入った食品は不味いものなんだな』と思われてしまうのは、一番罪が大きいと考えています。ですから、たとえすぐに結果にはつながらなくても、慎重に商品化していかなければなりません」

加藤さんいわく、「研究はまだまだ途中」。安定化の精度をさらに上げ、あらゆる食品が生み出せる完全無欠のDHA・EPAを――。不二製油の挑戦はこれからも続いていく。

文:中西未紀   写真:林孝典

2017年3月16日

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