“日本型”人事をアップデート。HR新時代の組織デザインへの挑戦

グロービス経営大学院

HRTech※への関心が高まる昨今、国内ではベンチャー企業を中心に、日々新しいサービスが生まれている。株式会社タレンティオが提供する採用管理システム『Talentio』もその一つだ。

現在、企業の人材採用フローは複雑さと煩雑さを極めている。データの管理、社内での情報共有、コストの管理等、多くの企業が何かしらの課題を抱えているのではないだろうか。なかでも「会社にとって必要な人材をいかにスピーディに確保するのか」という課題は、解決の優先順位が極めて高い。適切な人材の獲得は会社の成長スピードに大きく寄与するが、昨今の売り手優位の市場の中では、その緊急度は増すばかりだ。

2018年5月でローンチから2年を迎えた『Talentio』は、採用プロセスを一元管理できる点がサービスの大きな特長である。特に株式会社メルカリをはじめ、急激な成長を遂げている導入企業からは「時間コストを大幅に削減できた」と好評だ。「『Talentio』の活用によって生まれた可処分時間は、HR部門の戦略やマネジメント手法の構造的な見直しや人材育成による競争力強化に充てていただきたいと思っています。生み出された時間をより重要な課題の解決や社員の学びの時間に代替することで、今の時代の働き方に即した組織づくり、人づくりに目を向けていただきたいのです」

そう話す、株式会社タレンティオ 代表取締役兼CEOの佐野一機さんは、旧態依然とした日本のHR領域をアップデートすることに挑戦している。今回、そんな佐野さんが構想する、企業と人の新しい在り方について伺うと同時に、佐野さんご自身の仕事観に迫った。

※ HR(Human Resources)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語

終身雇用のような従属関係を社員に求めることへの限界

少子化、働き方の多様化など、企業を取り巻く環境は、目まぐるしく変化している。企業が、ただ優秀な人材を採用すればよいだけの時代は終わった。これからは、社員が「長く」、そして「意欲的」に働き続けるための仕組みが必要だ。佐野さんは、これらに「自分らしく」というキーワードを加える。


佐野氏:日本のHRマネジメントは、大きな転換期にあると思っています。例えば、日本のHRマネジメントの大きな特徴の一つに終身雇用制度がありますが、それを前提に組織を営む企業はまだまだ多いように思います。もちろん終身雇用は、企業側にも働く側にも大きなメリットがありますが、あくまでHR戦略の数あるオプションの一つのはずです。しかし、終身雇用制度が大きな役割を果たしたバブル以前と異なり、バブル崩壊後のいわゆる“失われた10年”以降、戦略の前提となる外部環境は大きく変わっています。


にもかかわらず、今でも多くの企業はまるで当たり前のように終身雇用のような従属関係を社員に求めている傾向にあります。戦略オプションのひとつではなく、「働くってこういうものだ」と文化のように「それが当たり前」だと決めつけてしまっているのではないでしょうか。その結果、「年齢を加味した給与テーブルにしましょう」「新卒採用では、できるだけ母集団を集めましょう」といった価値観が根強く、働き方が多様になっている現代ではマッチしない取り組みを続けています。社員個人の権利が今までより相対的に強くなり「会社の命令が絶対」ではなくなりつつある現代では、旧来の考え方のままでは通用しない場面が出てきているのです。
日本企業特有の“かつての前提”に固執したままの人事戦略に「NO!」を突き付ける佐野氏。これからの人事戦略の核になる考え方を聞いた。


佐野氏:これまで「会社の命令が絶対」という考えに馴染めない社員は、仕事用の歪な自分を自分のなかに作り、自分をだましながら仕事をしてきました。そうすると「仕事とプライベート」という言葉に象徴されるように、それらは完全に別れた存在になっていきます。ぼくは、本来人間は、自分らしく自然体で働いたほうがモチベーションが明確になり、より成果を出せると思っています。そうなるように仕事をアサインすることが重要なのに、企業は雇用契約という上下関係を過度に重視し、社員の価値観を考慮してこなかった。社員の声には耳を傾けず、会社の主張を一方的に押し付けるようでは、信頼を育むことができません。これからは組織と社員、組織に属する個々人が互いに信頼関係で結びついていくことを真剣に考えなければならない。今こそ、企業が変わらなければならないタイミングだと思っています。

企業と人は、雇用関係ではなく、信頼関係で結びつかなければならない

組織対人、人対人の信頼関係にフォーカスした人事戦略が重要と話す佐野さんは、タレンティオにおいても、来る次代に向け、企業と人の新しい関係性を模索している。


佐野氏:当社は、信頼関係をベースにした組織構築に挑戦中です。まだまだ小さな組織なのでいろいろと試せる環境でもありますし、HRマネジメントをアップデートすることをミッションにしている会社であるからこそ、自分たちでもこれからの働き方を体現していく必要があると思っています。具体的に、いま試していることをお話すると、まず弊社には評価制度がありません。ぼくは人が人を評価することにそもそも疑問を感じています。もちろん、フィードバックは必要ですができるだけリアルタイムで行い、クォーターごとの評価という考え方はありません。労働時間もできるだけフレキシブルにしています。社員のなかには、定時で帰宅し家族と夕食をとった後に仕事を再開する者もいれば、朝早く来て早めに帰る社員もいます。要は、パフォーマンスが出せる働き方を自分で考えて実行してもらえればいいので、単純に長時間働く、といったことは良しとしていません。


また、今は僕だけですが、全社員に向け報酬とジョブディスクリプションを公開しています。透明性を大事にするという主旨ですが、全員に同じようなことをやってもらうというルールにはしていません。全てにおいて大事なのは、「事実が先でルールが後」ということです。自分の中で理想的な行動様式はありますが、それが自然とできる風土がまずあり、その風土を保つためにルールが必要、という順番です。ビジョンやミッションについても押し付けるものではなく、みんなが腹落ちできるように、外部の方にもご参加いただき、客観的な意見を入れて、みんなでおしゃべりする会を開催したりしています。
※タレンティオの経営メンバー。右から高倉氏(COO)、佐野氏(CEO)、小川氏(CTO)
※タレンティオの経営メンバー。右から高倉氏(COO)、佐野氏(CEO)、小川氏(CTO)
働くことへの姿勢も、ライフステージやそのときの優先順位、目標によってフレキシブルに変化してもよい、と佐野さんは話す。


佐野氏:人によっては、会社にフルコミットできない状況や時期があると思うんです。例えば、コミットを4割にするぶん報酬も相当額まで下げてもよいと社員が言ってきた場合、これを受け入れられる体制が会社にしっかりとあるのであれば、関係者全員がハッピーだと思います。つまり、企業側が制度にどこまで柔軟性を持たせられるかというのは、関わる人達と長期的な信頼関係を構築できるのか、というテーマに直結するので、企業側が真剣に考える必要があると考えています。


今の自分にフィットする雇用契約の選択肢がないからと退職を選ばれてしまうと、社員も企業も失うものが大きいのではないかと。タレンティオは、雇用形態に関係なく、一緒に働く人とは「長期的な信頼関係を築く」ことを目指しています。こういったやり方が最善かはわかりませんし、全体感としての設計が大事なのでどこか一部を切り取ってあたらしさや働きやすさを演出するつもりもありません。また、必ずしも「働く人」に有利な施策をやっているという認識もなく、権利を享受するには当然義務を果たす必要がありますから、双方向で対等な関係ではないと成立しないことだと思っています。いずれにしても、企業戦略やカルチャーなどと照らし合わせながら、段階的にでも、時代にフィットするようにHR領域のアップデートを進めるべきではないでしょうか。


すでにさまざまな施策を打ち出している佐野さんだが、さらにもう一つタレンティオで実現したい組織のカタチがあるという。


佐野氏:「機嫌よく仕事をして大きな成果を出す」という技術を習得しておきたいと考えています。先程申し上げた様々な施策も、お互いに「機嫌よく」仕事ができるうえで重要だと思うことを試しているわけです。人間って不機嫌な人がいると、本能的にその人の機嫌を直そうと行動するのですが、これは不機嫌な人によって環境が支配されているとも言えます。そもそも不機嫌な相手とは、信頼関係を築けないので、「長期的な信頼関係の構築」とは最も遠い概念だと思います。


相手への命令やプレッシャーを利用して動かすほうが短期的には成果が出るかもしれませんが、長期的に見るとそうした組織は必ず疲弊していきます。対等な対話を通じ相互に理解し合い、「機嫌よく働く」ことで、個人の能力を最大限引き出し、その結果、組織として圧倒的な成果を出すという、ぼく自身とてもわくわくする組織コンセプトに挑んでいます。

やった人の言葉とやっていない人の言葉は、天地の差。だからまずやってみる

施策にも考え方にも独自性が際立つが、そもそも佐野さんがこれらの実践に行きついた、理由は何なのか。


佐野氏:自分では好奇心だと思います。たとえば、サッカーの練習中にあたらしいボールの蹴り方を教わったら、実際に試してみたくなりませんか? これと同じで、僕は理論や知識を得たら、すぐに実践してみたくなるんです。


僕は、20代を経営コンサルタントとして過ごしました。そして、30代では結果的に「創造」のフェーズと「変革」のフェーズの企業経営を交互にやっています。まず、オーガニックヘアケアメーカーを立ち上げることになるのですが、これはコンサルタント時代にクライアントに提供してきたビジネスフレームワークが、自分でも実践できるのかを試してみたくなったからです。幸い周りの方々の大きな協力があり、初年度から複数ベストコスメをいただいたり、大手百貨店から声を掛けていただいたり、一定の成果につながることは確証できました。


0から1をつくることができたと実感したタイミングで、この会社は共同創業者にバトンタッチし、オーガニックヘアケアの製造を依頼していたOEM製造会社に声をかけていただき、管理部門を管掌する取締役を務めました。この会社はIPOを検討しており、オーナー企業からパブリック企業への変革がミッションでした。変革期にどのようなリーダーシップが必要なのか、自分でも実行しながら確かめていき一定の結果が出始めた頃、あらためて創造のフェーズの経営をやることになります。友人とスタートアップ支援の会社を設立し買収した企業が、現在ぼくが代表取締役を務めるタレンティオの前身です。
一見、全然違うことをやっているように見えますが、常に自分なりに企業経営における大きな仮説を検証していく、という動機が自分の中にあるかなと思います。仮設検証とは挑戦、という言い方に置き換えることもできると思いますが、「無理だ」「止めておけ」と当時アドバイスいただいた方もいらっしゃいます。もちろん、アドバイスを聴くことも大事ですが、その人たちの言っていることがどこまで原理原則で、どこまでが聞かなくてもいい事なのか、重要なことは自分の経験を通じて腹落ちしたいと思います。


やった人の言葉とやっていない人の言葉には、天地の差があります。だから、ぼくは少なくとも自分の中で重要だと思うことは、頭で考えることに加えて、必ずやってみる。「考えたことを試してみたい」という思いがぼくの原動力の一つだし、働きながら得た知識や経験、MBAなどの社外で学んだ理論を実践することが、とても価値のあることだと思っています。


最後に、佐野さんにご自身の評価と今後目指すべき道を伺った。
佐野氏:ぼくは周りの方から“変だけどいい人”“クセがあるけれど悪い人じゃない”というように、頭に余計な一言がつく傾向が多いんです(笑)。もちろん、反省すべきところも多々あるわけですが、「他の人とちょっと違うところがある」というのは、僕のように凡庸に生きている人間の生存戦略としては良かった面が多いのかなと思っています。


ぼくは、誰かがつくった枠や壁が窮屈でならない性格なので、大勢とは逆のことをやりたくなるのですが、自分にできるだけ正直に生きてきた結果として、「ちょっと違う」が積み重なったのかもしれません。それはときに生きづらさを感じるし、そんな中でも協力していただける方々に生かされているという感謝の思いもあります。そうやって社会や自分と向き合い、そしてもがきながら、同じように生きづらくしている人たちに、僕なりに示せる働き方で成果を出せるといいなと思っています。

PROFILE

  • 佐野一機(株式会社タレンティオ 代表取締役兼CEO)

    佐野一機(株式会社タレンティオ 代表取締役兼CEO) 美容業界にてプレスとしてキャリアをスタート。その後、経営戦略・ブランド戦略のコンサルタントとしてIPO前の企業のコーポレートブランディングや大手企業の製品ブランディング、ヘアサロンやカフェのプロデュースなど、様々なステージ、業種のプロジェクトに参加。ヘアケア・メーカーの設立、製造業の取締役などを経て、2015年4月に家入一真氏と共にベンチャー支援事業を行う株式会社キメラを設立。2015年9月にハッチ株式会社(現株式会社タレンティオ)をM&A。2016年9月に株式会社タレンティオに社名変更し代表取締役に就任。グロービス経営大学院大学経営研究科経営専攻修了(MBA)。
    twitter:@kazukisano

2018年7月11日

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