万年筆の魅力を伝える「ハートラインプロジェクト」実行委員に聞く、万年筆と手書き文字の素晴らしさ
あなたが一番最後に手紙を書いたのはいつのことだろうか。いや、デジタルネイティブなんて言われる若い世代にとっては「書く」という行為自体が珍しくなっているのかもしれない。そうした方々たちに対して万年筆の魅力を伝え、普及に努めているのが、日本輸入筆記具協会、日本筆記具工業会と国内外筆記具メーカー10 社によって運営されている「ハートラインプロジェクト」だ。今回は本プロジェクトが主催する「万年筆ベストコーディネイト賞2017」の表彰式に併せて、実行委員を務める新藤美奈子さんと赤堀剛さんにインタビュー。万年筆の魅力、ひいては手書きの良さについて話を伺った。
「ハートラインプロジェクト」実行委員の新藤美奈子(右)さんと赤堀剛(左)さん
手書き文字を通じて心と心の繋がりを伝えるプロジェクト
ハートラインプロジェクトでは毎年、テレビのニュース解説などでおなじみの読売新聞特別編集委員・橋本五郎さんを審査委員に招いて「万年筆ベストコーディネイト賞」を開催。万年筆が似合う著名人を表彰している。今年で14回目を迎え、過去には建築家の安藤忠雄さん、俳優の役所広司さん、女優の鈴木京香さん、タレントの太田光さん、小池百合子東京都知事ら実に多士済々な方々が表彰されている。まずは、本プロジェクトの設立のきっかけから伺った。
「何か気持ちを伝える時にはやはり万年筆」と語る赤堀さん
赤堀「今は文豪ブームと言われて彼らが使ったような万年筆にも少し光が当たっていますが、プロジェクトを設立した2004年当時は高級筆記具の販売数がかなり落ち込んでいて、いろいろな店舗からボールペンなども含めた筆記具の売り場が無くなってしまうような危機感を感じていました。そこで万年筆の素晴らしさを知ってもらおうと始めたのが設立のきっかけです。ハートラインという名前には『書いて伝える』ことから心と心を繋ぐという意味が込められています」
新藤さんと赤堀さんは、ともに万年筆販売店の家に生まれ家業を継いだ、いわば業界のサラブレット。お二人にとって「子供の頃から学習机の引き出しに自然とあるような存在だった(赤堀)」という万年筆。しかし、万年筆にもともと愛着がない人には、万年筆は高価品、自分が持つには早い代物、といったハイソなイメージが付き物だ。そうした中で、このプロジェクトではどのように万年筆の魅力を伝えようとしているのか。
「まずは初歩ラインの万年筆から持ち始めてもいい」と語る新藤さん
赤堀「昔はほとんどの家に万年筆があったので、私たちより上の世代は皆、万年筆を使ったことがあると思います。でも一昔前の万年筆はインクが漏れやすかったりして今でも“不便なペン”という印象を抱いている方が少なくない。一方で、スマホに慣れたような若い世代は手書き自体が希薄になっているので、万年筆がどういうものかを知らないという方がいてもおかしいことではありません。つまり、悪い印象を持ったままの世代と万年筆を知らない世代の両方にアプローチが必要で、それもあって万年筆ベストコーディネイト賞でも、万年筆を持って欲しい若い著名人の方を表彰する『次世代部門』を設けています」
これまでに万年筆に関する図書を出版したり、著名人の手書きメッセージを添えた万年筆を売り出したりと様々な取り組みを行ってきた本プロジェクト。赤堀さんは「もっともっとハートラインプロジェクトの名前を知ってもらえるよう活動していきたい」と今後の展開に意気込みを語る。
万年筆だからこそ伝わる人柄と思い
新藤「今では外での打ち合わせでも、こちらはまず手帳とペンを取り出すのに相手の方はサッとパソコンを開き始める。わかっているけど、やっぱりそういう時代なんだなぁってひしひしと感じますね」
確かに、今や言うまでもなくスマホを使って指先ひとつでメッセージが送れてしまう便利な時代。いろいろ言葉を並べても、デジタルよりもアナログの方が優れていると万人に納得させられる答えを述べられる人なんていないだろう。だがしかし、それでも手書きにはやはり手書きならではの良さがある。
赤堀「正確に早く事実だけを発信するならメールやLINEの方がもちろん速いですよね。ただ、何か気持ちを伝える時にはやはり手書きがいいと思うんです。特に万年筆だと筆圧や書き方で書き手の個性まで伝わりますから。例えば、冠婚葬祭の受付などで書く署名ひとつとっても一人一人で文字の個性が違います。それが手紙だったら、どういう時に書いたのかとか、どういう気持ちで書いたのかとか、文字から書き手の心情も想像させてくれる。事実だけならコンピュータでしっかり伝わりますが、文字で心まで伝えるとなると手書きに代わるものはないでしょう」
今回のインタビューに先立って行われた「万年筆ベストコーディネイト賞2017」の表彰式では、前年度受賞者選出部門でモデルの松本孝美さん、ジャーナリストの田原総一朗さん、日本水泳連盟理事・競泳委員長の平井伯昌さんの3名を表彰。また、実行委員会選出 次世代部門を女優の藤野涼子さんが受賞した。
一方で、「働く女性にこそ良い筆記具を持って欲しい」と語る新藤さん。
新藤「昔はテレビでもニュースステーションで久米宏さんがデュポンのペンでメモを取っていて、フリップを指す時にもペンを使っていた。それを見てこの方は細かな部分にも手を抜かない人なんだと関心していました。女性も良いペンを持った方が知性的にも見えますし、できる女にも見える。今では女性が持ちたくなるようなデザインも多いですし、例えば3万円を使ってあまり高価ではないネックレスを買うことに比べたら、万年筆なら同じ値段で大分良いものが買えますから、自分へのごほうびにもいいのではと思います」
「一生モノの万年筆」と出逢うために…
それでは、これから万年筆を持とうと考える人にアドバイスがあるとすればどんなことが挙げられるのだろう。
赤堀「最初の万年筆を買ったらとりあえず『書く』ことを楽しんでみてください。今は手書きが減ったので書くこと自体が意外とハードルが高いかもしれませんが、万年筆で書いた手紙などを家族や友人にしている送ってみるうちに、書くことが自然と好きになってくるはずです」
新藤「ドイツメーカーのペリカンが作った『ペリカーノ』のように小学生向けに開発された書きやすい万年筆もありますから、予算が決まっているのなら、千円から二千円台で買える初歩ラインの万年筆から持ち始めてみてはいかがでしょう。中に入っているインクは高級品も安いものも同じですからね。また、これからの時期なら年賀状の宛名書きから始めてみるのもいいですね。私も毎年、年賀状の宛名は万年筆で書いていますが、今の時期に友達に会うと『来年も青インクで書いてくれる年賀状を楽しみにしてるね』って言ってくれる。手書きには相手がもらってうれしいという効果もあると思います」
女優の花總まりさんのノミネートを受けて前年度受賞者選出部門を受賞したジャーナリストの田原総一朗さん
最後にひとつ、「一生モノの万年筆」とは何かを赤堀さんに問いかけてみた。
赤堀「ずっと人生のそばにいる存在でしょうか。親しい方のお葬式などに伺うと、遺品で愛用していた万年筆が3本くらい置かれていることが多いんです。やはりそういう場面に登場するのはボールペンではなく万年筆。きっと常に生活をともにしてきたんだろうなぁといろいろな思いが伝わってきます」
確かに人生において一生を添い遂げるものなんて幾つあるだろう。その中で万年筆はまさに「一生モノ」になりうる存在だ。心まで伝えるコミュニケーションが希薄になりつつある今の時代。ぜひ、ペンを手に取り、大切な人に思いを届けてみてはいかがだろう。
ハートラインプロジェクト実行委員会