2018年1月10日、都内ホテルにて日本生産性本部の正副会長年頭会見が行われた。会場には日本生産性本部会長の茂木友三郎氏のほか6名の副会長も顔を揃えた。冒頭、茂木氏は年頭所感を発表し、2018年を「生産性改革元年」にしていくと宣言。各副会長もそれぞれ今年の重要課題についての考えを述べた。ここでは、そこで語られたコメントの数々をレポートしていく。
2018年を生産性改革元年と位置付け、官民を挙げて国民運動を展開すべき
冒頭で年頭所感を述べた茂木友三郎氏(キッコーマン取締役名誉会長 取締役会議長)は、2017年の国際情勢と国内政治の動向を総括。前者については、アメリカのトランプ政権誕生や欧州のブレグジットに代表される世界的なポピュリズムの台頭が、これまでの民主主義やグローバリズムに綻びを生じさせていると指摘。後者については、自民党の圧勝に終わった昨秋の衆議院選の結果を例に挙げ、民主主義が適切に機能するためには政権交代可能な責任野党の存在が必要であると主張した。その上で、現政権には次のように期待を述べた。
茂木氏「長期政権であるからこそ現政権は長期的な視野に立ち、我が国が目指すべき将来像を明らかにし、それに向けた国家戦略を策定して政策の優先順位を示すべきである。同時に、国民の将来不安を払拭するため、問題を先送りすることなく、次世代が希望の持てる持続可能な社会経済システムの確立に向けた改革を断行すべきだ。とりわけ、国家戦略の中核に生産性向上を明確に位置付け、縦割りを排し、政策を総動員すべきである。安倍政権も生産性革命、人づくり革命を掲げ、2020年度までの3年間を生産性革命集中投資期間と位置付けて取り組みを進めている。ぜひ本年を生産性改革元年と位置付け、グローバルな視点を持って、官民を挙げて国民運動を展開すべきだ」
「生産性改革の核心課題は『人材の育成』である」
「生産性改革」という言葉には、半世紀以上にわたって日本の生産性向上に努めてきた日本生産性本部が、今後においても社会に大きな役割を担っていくという強い使命感が伺える。そして日本の労働生産性における喫緊の課題は、アメリカと比較して5割程度の水準しかないサービス産業の生産性向上だ。そこに対して茂木氏は、本組織が今後為すべき貢献についても宣言する。
茂木氏「われわれ日本生産性本部も決意をもって運動に取り組み、積極的な提言活動をしていく。具体的にはイノベーションを追求し、付加価値の増大を軸とした生産性改革に取り組む。高い成長余力を持つサービス産業の底上げをはかり、地域の活性化を促す。経済の新陳代謝を促進し、日本の潜在能力を高めるために貢献する。社会経済に活力をもたらす働き方改革を推進する」
そして、茂木氏は今最も率先すべき課題に「人材の育成」を挙げる。
茂木氏「生産性改革の核心課題は『人材の育成』である。われわれは『次世代に投資する社会』の実現に向けて運動を推進するとともに、多様な人材が働きがいを持ち、活躍できる社会の実現を目指す」
力強い言葉の数々は、新時代に向けた日本生産性本部の決意表明といってもいいだろう。「1955年の発足当時に匹敵する覚悟と危機感をもって、わが国の改革に向け生産性運動を再起動する」と茂木氏は固い決意を語り、年頭所感の発表を締めくくった。
「我が国の人材育成は“待ったなし”の対応を迫られている」
「生産性改革」の核心課題に置かれる「人材育成」には、政治、経営、労働、教育など、あらゆる分野での改革が要される。この日は、茂木会長の年頭所感発表に続き、6名の副会長から、それぞれ2018年の日本の重要課題を述べた。その中にも人材育成に結びつくコメントがいくつか挙がった。小島順彦副会長(三菱商事相談役)は次のように述べた。
小島氏「今の日本の教育の課題として3点を挙げるならば、ひとつは日本人留学生の減少、二つ目は企業人と留学生の接点の欠如、3つ目は異なる意見を受け入れながら自己主張をする経験の欠如。そこにはグローバル化が進展する中で我が国の人材育成は“待ったなし”の対応を迫られているという問題意識がある。1990年代には5万人いたアメリカの日本人留学生は今や2万人にまで減少しているとも聞く。内に閉じこもっていては経済成長も国際的なプレゼンスの向上も望めないというのが歴史的な宿命だ。」
遠山敦子副会長(トヨタ財団理事長)は、「人づくり革命における質の向上の必要性」を重要課題に挙げ、次のように述べる。
遠山氏「資源が“人”しかない日本において、人づくり革命というのは時宜にかなっている。中でも、大学教育というものが日本の未来を担う知識・技術と教養と意欲を持った若者を養成する必要がある。そのためには大学教育の充実を格段に支援しなければならない。殊に最近、日本の研究力が落ちていると言われる。基礎研究の充実こそ将来の日本の発展に不可欠であり、研究者が任期を気にせずに研究できる環境をつくる、あるいは研究費を十分に与えるなどの条件整備が喫緊の課題だ」
そして、野中孝泰副会長(全国労働組合生産性会議議長)は、労働組合の立場から労働者個人の今後のあり方と、それに向けた働く環境づくりの必要性について語る。
野中氏「生産性三原則(※)を重視した生産性向上を労働運動としてより本気になって取り組むことが必要だ。その中で個人が、変化に怯まない、むしろ挑戦していくという前向きな気持ちをどれだけ持てるかが非常に大事となる。従って、人が持っている無限の可能性をいかに引き出すのか、その環境をどう作るのかを労使が真剣に論議して、知恵を出し合っていくことが重要である。働くことの意味合いや働きがいを考えていくなど、生産性運動を通じてそうした環境づくりを実現していきたい」
(※)雇用の維持・拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配
また、佐々木毅(元東京大学総長)、神津里季生(連合会長)、有富慶二(ヤマトホールディングス特別顧問)の各副会長は、それぞれの立場から次のような重要課題についての意見を述べた。
佐々木氏「これからの世界秩序がどうなるかは予断を許さない状況になっている。しかし当面は好調な経済が予測され、政治の不安定性も一定の範囲に収まっており、我々はある意味で非常に“ラッキー”な歴史の瞬間にいると考えるべきだろう。この数年を無駄にすることなく、未来に備えた必要な措置を取り、改革を行うべきだ」
神津氏「この20年来、デフレの状況が続いた中で格差が拡大している。生産性の考え方に基づいて春闘の労使交渉が行われていれば、もう少し早くこの状況を脱することができていたと思う。「底上げ」を強調して3年目になるが、経営者の方々と働く立場の方々が「底上げ」に向けて、いかに力を合わせられるかが問われている」
有富氏「日本生産性本部が設立された原点は、産業界の生産性を上げるための仕組み作りにあったと思う。古くは「昭和の遣唐使」と呼ばれた使節団をアメリカに派遣して、生産性向上の意識啓発を推進してきた。昨今も日本サービス大賞という仕組み作りを行い、特にサービス産業において、この大賞を目指したいと言って下さる声が出始めてきている。こうした仕掛け作りを増やしていきたい」
それぞれの分野のリーダーたちの発言には、多岐にわたる今の日本の課題が映し出されていた。
今後、人口減が避けられない我が国において、国際競争力を維持する鍵のひとつは、それを担う人材の育成であり、そこに生産性向上に直結しているのは言うまでもない。茂木会長および各副会長から発せられた言葉の数々は、遠くない未来に差し迫った我が国の危機をひしひしと考えさせられるものでもあった。「生産性」という言葉が改めて注目を集めつつある今こそ、個々人が自分の働き方、さらには生産性について考えてみる良きタイミングなのかもしれない。
日本生産性本部