小網代湾のさざなみが育てるワイン 地元企業や漁業者たちが一丸となった地域活性化への一手とは
三方を美しい緑に覆われた山に囲まれ、透明度の高いきれいな海が広がる神奈川県三浦市小網代湾。
この海の底でワインを熟成する「海底熟成ワイン」という取り組みに、地元三浦市の事業者や漁業者、地元企業が一丸となって協業している。
地域活性化のために名産品を生み出す、「海底熟成ワイン」の引き揚げの様子、地元の人々の取り組みについて関係者の方々にお話を伺う。
潮流が穏やかで、透き通るような海のきれいな小網代湾での地域の取り組みとは
ワインの熟成を促す目的で、海底にボトルワインを沈める「海底熟成ワイン」というものがある。2021年6月、神奈川県三浦市の小網代湾で、約半年間海底に沈めていたワインの引き揚げが行われた。
小網代湾特有の入り江が深く、潮流が穏やかで水温も安定している日本でも数少ない地形は、ワインの熟成に適しているという。三浦市小網代湾の海底熟成ワインの地域の取り組みとはどのようなものだろうか。
半年の眠りから覚め、海底から引き揚げられるワイン 〜 現地レポート 〜
梅雨の合間の晴れ空の下、午前8時、小型船に漁業者4人が乗り込み、海底に眠るワインのポイントまで船を進めていく。湾の向こうには江ノ島、そして遥か彼方には伊豆半島も望める。
水深12mほどの海面を覗き込むと透き通るような美しさで、海底まで見えそうなほどである。ポイントに到着すると、ロープを使って早速引き揚げが始まる。沈められたワインは約400本。人の力だけで行われるため、2回に分けて引き揚げられる。1つのケースにワイン24本が格納され、その総重量は約20キロになるという。
元々、小網代湾は潮通りが良いので、約半年間、波と共にボトルが緩やかな振動でほどよく揺れ、紫外線の届かない海底と平均13℃の海水温度が熟成を助けることで、海底熟成ワイン特有のまろやかな味わいを作っている。
引き揚げられたワインを港で確認する。コルクは地元の障がい者就労施設に勤めている方たちの協力のもと、コーティング作業を行っている。コルクの周りからボトルの上半分にかけて、フジツボ、稚ガニを始めとした海洋生物が多く見られ、ピンクや緑、青、グレーなどの色がボトルに付着していて、独特の雰囲気を醸し出している。
海底に沈められたワインは、一般の希望者から持ち込まれたもの。委託管理料を支払い、漁業関係者が見回りなどの管理を行う。約半年間沈めたワインの熟成度はどのようなものだろうか。想像するだけでロマンチックである。
ワインに「きれいな海底で熟成させる」という付加価値をつける 〜 関係者インタビュー 〜
――まず、海底熟成ワインに取り組んだきっかけを教えてください。
出口氏
当初は、この三浦市の漁業協同組合や観光協会で作る「小網代観光振興活性化検討協議会」で取り組みの一つとして始まりました。
海底熟成ワインは他の地域でも取り組まれていますが、小網代湾はスケルトンカヤックの周遊ツアーが運行されているほど、穏やかで透明度が高くきれいな海で水温も安定しています。
このような恵まれた環境を活かすために協議会で海底熟成ワインを検討し、海に沈めるには漁業者の協力が必要となるため、漁業協同組合の理事である木村さんに加わっていただきました。
木村氏
2018年の冬に初めてワインを沈めた時は、潮に流されてしまい消失しました。
そこで翌年の冬は対策を施し再チャレンジして、2020年6月に引き揚げて試飲したところ、
驚くほどに味がまろやかになっていたので、事業化に向けて動き始めました。
福田氏
私はその2020年に引き揚げた海底熟成ワインをいただいたのが最初のご縁でした。
京急グループの京急百貨店のソムリエにも非常に好評で、しかも小網代湾で熟成されたワインが地元の活性化に役立つのであれば、
ぜひご協力したいと考えました。
海底熟成ワインは「ワインをお預かりして熟成する」という事業で、販売が目的ではありません。
飲食店がお客様にお出しするワインや、一般の方がお気に入りのワインをきれいな海底で熟成するという特別感や、「付加価値をつける」点が、一般のワインと大きく異なります。
――海底に沈下するワインは浸水防止のため、地元の障がい者就労施設で蜜蝋による封をしているそうですね。
出口氏
みうら漁業協同組合では、シラスやにぼしの加工のために窯で使う薪を確保する必要があったため、以前より山を所有していましたが、
そこの遊休地に養蜂場を運営したいという方にお貸ししています。当初は、ワインをプラスチックかゴムで密閉するつもりでしたが、
その養蜂場の方に蜂蜜を密閉する際の圧力などのお話を伺う中で、「蜜蝋でコーティングしたらどうか」と勧められたのがきっかけでした。
蜜蝋がプランクトンに食べられてしまうのではないかと懸念しましたが、特に問題はありませんでした。
そこでコーティング作業を誰かに頼めないかと探したところ、地元の障がい者就労施設に勤めている方たちに引き受けていただくことができました。
施設の皆様も、蜜蝋を使ったコーティング作業に初めはおっかなびっくりでしたが、回を重ねるごとに上手になりましたし、
「自分達が特産品をつくっているんだ」「お客様に喜んでいただけるんだ」という責任感も、想い入れも強くなっていったと思います。
福田氏
これまでのワインは全て、施設の方たちに手作業で封をしていただいていましたが、
今後沈下数が増加する場合には、京急グループとしても作業に協力していきたいと考えています。
――直近の目標として、2021年12月には何本沈下させるご予定でしょうか。
福田氏
今年度から京急グループが本格的に支援に加わりPR活動を進めることで、2,000本の沈下を目指したいと考えています。
また、京急グループの京急アドエンタープライズを中心に沈下するワインの募集活動をしていきます。
木村氏
漁業活動に影響が出ないよう、現状では沈下本数は2,000本が上限と神奈川県から指定されていますので、
まずは最大本数までチャレンジし、先々の活動拡大も考えていきたいと思います。
福田氏
クリスマス時期から半年をかけて熟成させるという工程ももちろん必要ですが、
この穏やかな小網代湾という恵まれた環境で半年育まれ、年に1回引き揚げて飲めるという点は、
ボジョレーではないですが、ロマンがあると思います。
出口氏
毎年、6月に引き揚げて出荷できるので、夏前に話題性のあるPRができると思います。
福田氏
海底熟成ワインは地元の漁業関係者と事業者、障がい者就労施設と非常に幅広い地元関係者が密接にかかわって、
地域活性化を目指して作られているという点で非常に感銘を受けました。現在、横浜を中心にホテルやレストランにPRして、
海底熟成ワインを置いていただけるように働きかけています。
三浦エリアの観光客は温泉や三崎のマグロを目的としたお客様が中心ですが、
ワインというコンテンツを切り口に20代から40代の女性や、ファミリー層などにも訴求していきたいと考えています。
更に認知度が高まった際は、京急グループが窓口となり、
一連のサイクルを事業化し、全国からの注文を受けられるサービスの提供も検討しています。
――今後の展望についてはどのようにお考えですか。
出口氏
今後、安定した大きな数量で流通させていくことを考えた場合、蜜蝋による封のやり方などは明確にマニュアル化していく必要があると思います。
また、現在ワインの引き揚げは漁業組合にお願いしているのですが、これからは機械化していかなければならないと考えています。
木村氏
ワインの入ったケースが一つ約20キロぐらいありますが、今は人力で引き揚げていますから。今後、出荷を増やしていく上で効率化が必要ですね。
出口氏
ワインそのものは地元産ではありませんが、商品としてではなく、「小網代で熟成させる」という体験型の付加価値をつけることによって、
将来的には、三浦市のふるさと納税返礼品として扱ってもらえるよう行政にも働きかけていくつもりです。
福田氏
ここ、小網代湾は景観が非常に良いだけでなく、穏やかな潮流と一定の水温でワインの熟成に適していて、飲み味も非常に好評です。
東京からのアクセスも良いので、いずれは「海底熟成ワインといえば小網代」というくらいの三浦の新しい観光資源に昇華させることで、地元の活性化に繋がっていくと考えています。
京浜急行電鉄株式会社