2019年8月29日

デジタルシフト時代に求められる「PR視点」の重要性とは

オプトホールディング

プレスリリースの起源は「宣伝の手段」ではなかった

前村:デジタル化が進むにつれ、企業が自ら情報発信できるようになり、プレスリリースの重要性が高まってきました。しかし一方、情報が爆発的に増えたことにより、企業が届けたい情報がうまくターゲットに届かないということも起こっています。そうした中でPR TIMESさんはプレスリリースの配信を支援するサービスを開始されたわけですが、立ち上げから今まで、どのような苦労がありましたか?

山口:私たちが事業を開始したのは2007年で、まさに企業の情報発信をめぐる状況が大きく変わったタイミングでした。それを振り返るために、ざっとプレスリリースの変遷を説明します。

プレスリリースはもともと、メディア向けの報道資料という位置づけでした。メディアの方が記事や番組で取り上げるための素材として、文章や写真を提供する。昔は郵便やFAXという手段でメディアに送られており、その頻度も今よりずっと少なかった。しかし、電子メールの普及により、一気に伝達コストが下がりました。以前は送るだけで手間もコストもかかっていたものが、ほぼゼロ円で何社にでも一斉送信できるようになったのです。

その結果、企業の人と名刺交換を一回しただけなのに、メディアに大量のプレスリリースが送られてくるということが起こりました。「スパムメール」という言葉がありますが、00年代後半には、海外のメディアで「プレスリリースはスパムだ」とまで言われるようになったのです。

前村:プレスリリースがメディアにとって役立つものではなく、送られることが迷惑に感じられるものになってしまったのですね。

山口:実際、企業の間にも「プレスリリースを送っても記事にならない」という認識が広まっていました。私たちがPR TIMESを立ち上げたのは、そのような時期でした。最初はプレスリリースという形式が機能不全を起こしているのではないかと考え、企業とメディアをマッチングするサービスを立ち上げました。しかし、これはうまくいかず、今の時代に合ったプレスリリースのあり方を再定義しようと始まったのが、今のPR TIMESです。

前村:今の時代に合ったプレスリリースというものを、どのように定義されたのでしょうか?

山口:日本では長らく、プレスリリースは企業が自社にとって都合が良いことをメディアに取り上げてもらうための一手段だと捉えられていました。つまり、メディアを通じた宣伝のためのツールです。しかし本来は、企業が自分たちにとって”大切な人”に情報を届けるためのコミュニケーション手段なのです。

実はプレスリリースの起源は、アメリカで1906年に起こった列車事故にあります。それまでも列車事故はあったものの、人々に対して事故の全容が隠匿されることが多く、鉄道会社に対する不信感が広まっていました。そのため鉄道会社に対する信頼を回復するために、事故についてオープンな情報提供をすべく、世界で初めてのプレスリリースが発行されたのです。

つまり、プレスリリースの役割は、その初めから宣伝の手段ではなかったのです。鉄道会社の顧客である市民や関係者といった“大切な人”に向け、正確なファクト(事実)を伝えるために生まれました。だから、私たちがプレスリリースを再定義する際も、「メディアの人にいかに取り上げてもらうか」ということよりも、「メディアだけでなく、一般の生活者にも届くようなもの」ということを意識したのです。

「コンテンツの民主化」から「ニュースの民主化」へ

山口:しかし、これも軌道に乗るまでは時間がかかりました。サービス開始当初、無料プランがあったにもかかわらず、登録が1000社を超えるまで2年3カ月もかかったのです。

前村:そこからどのようにサービスを変えていったのでしょうか?

山口:私たちが変わったというよりも、世の中が急速に変化しました。大きかったのはスマートフォンとSNSです。生活者がスキマ時間に検索するようになったことで、メディア以外の人もプレスリリースにアクセスし、その情報をシェアするようになったのです。私たちのコンセプトに実態が伴うようになったのは、ここからです。

企業がメディア以外の人にもプレスリリースが読まれていると気がつくと、画像や動画の活用を企業が自ら推進し、報道資料としてのものではなく、生活者が読んで楽しめるコンテンツへとプレスリリースが進化していきました。そうして多くの生活者がPR TIMESを利用するようになったことで、プレスリリースの価値が見直されていったのです。

前村:従来のプレスリリースは大企業が中心だったと思うのですが、そのように誰でも企業の情報が受け取れるようになったことで、プレスリリースを発信する側にも変化はありましたか?

山口:私たちがまず掲げたのは、プレスリリースというコンテンツの民主化です。だから、基本的には1配信3万円からPR TIMESを利用できるように価格設定をしています。今は大企業だけではなく、ベンチャーやスタートアップ、さらには地方の中小企業やNPOも、プレスリリースを活用するようになってきました。プレスリリースを発信する主体は、圧倒的に増えたと言えます。

その次に私たちが進めているのは、ニュースの民主化です。今までプレスリリースに登場するのは、企業の代表や事業のスタープレーヤーに限られていました。しかし、社会にとって意味があるアクションをした人であれば、その人を主役としてニュースを発信できるはずです。そのように誰でもコンテンツの主役になれる世界を実現したいというのが、私たちの目標です。

マーケット感覚を身につけるためにプレスリリースを活用する

前村:今はプレスリリースのほかにも、SNSやオウンドメディアなど、企業が情報発信する手段にはさまざまなものがあります。それでもプレスリリースは必要なものであり続けるのでしょうか?

山口:私たちがPR TIMESで発信している情報を「プレスリリース」と呼ぶのは、それが100年以上も続いている言葉だからです。しかし、実態としてはPR TIMES登場以前のプレスリリースと私たちが発信するプレスリリースを比べたとき、まったくの別物に見えると思います。私たちはプレスリリースの機能拡張をずっと続けていると思っていて、その形式にこだわっているわけではありません。

重要なのは、プレスリリースは宣伝ではなく、パブリック・リレーションズ(PR)のためにあるということです。つまり、一方的に企業が言いたいことを伝えるのではなく、企業と社会が相互に有益な関係を築くためにあります。だから、そのコンテンツがSNSやオウンドメディアで発信されるものであっても、宣伝根性が見え見えのものでは、企業が情報を届けたい人に届けるのは難しいのではないかと思います。

前村:今のお話を聞いていると、ベンチャーやスタートアップは、「世の中をこうしたい」という思いが強いので、PR視点の発信が成立しやすいと思います。しかし、大企業はそのような情報発信がまだまだ進んでいないように見えるのですが、いかがでしょうか?

山口:徐々にですが、大企業も変わってきていると感じます。広報部に情報発信を任せるのではなく、組織全体でPRを担おうとしている企業が出始めているのです。有名なところでは、Amazonがあります。彼らは発表の段階ではなく、何かを企画した段階で企画した当人がプレスリリースを書くそうです。当社でもプレスリリースは広報がチェックするものの、執筆自体はニュースの主体である企画担当者に書かせています。

企画段階でプレスリリースを書くことで、企業目線ではなく、ユーザーや世の中の視点で事業を考えることができるようになります。そうすると、組織のあり方も自然と変わっていく。これが大企業全体で実現できると、社会に対して大きなインパクトを持つと思っています。

前村:それは企画の段階で「いかに広めるか」という部分も考えざるを得なくなるからですね。それでマーケット感覚が企業にビルトインされる。そういうメリットがありますね。

伝え方だけでなく、事業そのものにPR視点を入れる

前村:もうひとつ、情報が爆発的に増えたことで、今度は「いかに見つけてもらうか」という問題があると思います。目立つためには、時に過剰に装飾することも必要ではないかという議論に関しては、どう感じますか?

山口:PRの中心はクリエイティブではなく、ファクト(事実)です。ファクトを中心に置くから、企業と社会の有益な関係を築くことができる。それにファクト次第で勝負できるということは、世の中にとって価値があることをしようとしている人が、そのアクションによって主役になれるということでもある。それがニュースの民主化ということであり、装飾によって目立とうという発想は、フェイクニュースのように一線を超えることつながりかねないので、注意が必要です。

前村:変に盛るのではなく、ファクトと真摯に向き合い、その価値を丁寧に伝えることを続けていくということですね。

山口:反対に私からオプトさんに聞きたいことがあるのですが。

前村:なんでしょうか?

山口:最近のオプトさんは地方の中小企業の事業支援も行っていると聞きました。そこにしかない技術や伝統など、地方の企業にはさまざまな希少性があります。その価値をどのようにPRされているのでしょうか?

前村:少し伝え方を変えるだけで成功 するということが実はけっこうあります。ただし、ここでネックになるのは、企業自身が自 分たちの希少性に気がついていないこと。価値があることはわかっていても、どこに届けたら  効果的なのかわかっていないことです。マーケティング視点でどう取り組むかだとは思いますが、まだはっきりとした正解を見つけられない企業も多々あります。

山口:それこそ必要なのはPR視点ではないでしょうか。いいものだから知ってもらいたい、そのために伝え方をどう工夫しようってことよりも、どうすれば自分たちが今の社会に価値を提供できるかということを考えていけば、自ずと答えは出るのだと思います。

たとえば、私たちのクライアントで、日本最古の絵の具メーカーさんがいらっしゃいます。日本最古はすごく希少な価値ですよね。でも、絵の具の消費量はどんどん減っている。そこで彼らが考えたのは、日本最古の絵の具を使ったマニキュアでした。自分たちの価値をマーケットでどう活かすことができるか考えたのです。

それこそ近年のオプトさんが、広告の代理店業だけではなく、事業支援も手掛けてらっしゃるように、PR視点の情報発信をきちんとやろうと思ったら、自然と事業そのものに入っていく必要があるのではないでしょうか。

前村:まさに私たちがデジタルシフトの支援を行っているのも、お客様の支援をするためには、広告だけではなく、事業そのものを支援していかなければならないと感じているからです。おっしゃるように、今後は伝え方だけでなく、事業にPR視点を取り入れる企業が成長していくのだと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
山口 拓己(Takumi Yamaguchi)
1974年生まれ。大学卒業後、山一證券に入社。アビームコンサルティング等を経て2006年に株式会社ベクトルに入社、取締役CFOに就任。2007年にPR TIMES(https://prtimes.jp/)を立ち上げ、株式会社PR TIMES代表取締役社長に就任(現職)。2016年3月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場、2018年8月に東証一部へ市場変更。PR TIMESの利用企業社数は2019年5月に3万社を突破、国内上場企業の36%以上に利用されている。
前村 真之介(Shinnosuke Maemura)
1978年生まれ。Digital Shift Times編集長。2006年オプト(現オプトホールディング)入社。クリエイティブのプランニング・ディレクション業務を経て、2011年より大手総合代理店に出向。デジタルメディア、クリエイティブのプランニング業務に従事。2014年にオプトへ帰任し、マーケティング・クリエイティブを中心に組織の立ち上げに参画。2019年4月より執行役員に就任、コンテンツ・マーケティング領域を管掌。
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