「いい広告」とは何か?読売新聞社が仕掛ける“制作集団”が見据える現在地
チラシ、DM、中吊り、CM、スマホのポップアップや商業施設のデジタルサイネージ。「広告」という語を聞いて、身近にあるものを思い返してみると「こんなに種類があるのか」と驚く。
しばらく前までは、広告枠に情報を掲載すれば、多くの人に伝えたいメッセージを届けられた。しかし、デジタルデバイスが普及し、ユーザーと情報の接点が増えている今、ただ掲載するだけでは不十分といえる。
「広告のあり方」が見直される一方で、作り手の環境や広告主との関係においても、アップデートが少しずつ始まっている。
今回お話を伺ったのは、まさにその「アップデート」に取り組もうとする集団。読売新聞社とデジタル企業各社のコンソーシアム(企業連合)である「YOMIURI BRAND STUDIO(以下、YBS)」だ。
森永乳業の新商品「蜜と雪」をPRする施策では、北海道を応援するキャラクター「雪ミク」とコラボレーション。読売新聞の北海道版限定で広告を掲載するなどの結果、掲載2日間の推定リーチ数が約316万人、関連したツイート数は3255件に上った。彼らは新聞社とデジタル企業の強みを掛け合わせ、広告主の課題解決に寄与しつつ、ユーザーに響くコンテンツを生み出すことをミッションに掲げている。
なぜ、新聞社がブランドスタジオを立ち上げたのか。その背景にあるものを追いつつ、これからの広告のあり方について、YBSのチーフプロデューサーである池上吉典氏にお聞きした。
プロフィール:池上吉典氏
YOMIURI BRAND STUDIOチーフプロデューサー。読売新聞社入社後、ダイバーシティ、エネルギーなど硬派なものから、スポーツ、道の駅、アニメ・マンガに至るまで、幅広いテーマのイベント構築およびメディアプランニングを手がけてきた。
信頼できる情報発信の必要性(と難しさ)
――YBSを立ち上げた理由から聞かせてください。
ここ数年でコンテンツマーケティングの注目度が上がったことで、企業が消費者のメリットになる情報を発信しようとする取り組みが増えました。一方で、フェイクニュースやアドフラウド(広告費用に対する成約件数や広告効果などの不正水増し)などの社会問題も現れている。
そういった状況で企業は、信頼性の高い情報を発信することの必要性と難しさを感じています。読売新聞社が信頼ある情報提供者として培ってきた機能は、社会や企業が求めているのに応えられるのではないかと考えていました。
――どのような機能ですか?
コンテンツ制作における取材力や執筆力、著名人やキャラクターのアサインを実現する力、編成・校閲などのチェック体制です。
情報を発信する上で、一次情報を手に入れる取材を何年も経験してきた記者による取材は、信頼性を担保する要素になります。また、コンテンツ制作の際にも編成や校閲担当者がそれぞれチェックする体制が整っているため、事実に基づきながら、読者に最適な形で情報を届けられる。この強みは、クライアントの情報発信をサポートする上でも活かせます。
「強みの掛け算」でコンテンツを生み出す
――読売新聞社の単独ではなく、コンソーシアムの形をとった理由をお聞かせください。
企業のブランドコミュニケーションやコンテンツマーケティングを支援する上で、読売新聞社がこれまで担ってきた文章中心のコンテンツだけではなく、異なる表現方法を活用したコンテンツを作りたいと考えていたからです。
そこで、デジタル領域における強みを持つ企業にお声がけし、コンソーシアムの話を持ちかけました。
YBSは、株式会社ワントゥーテン、株式会社インフォバーン、株式会社エートゥジェイ、株式会社オプト(TRIVER)、株式会社Nadia、そして読売新聞社で構成されている。
――他の企業が持つ機能を、買収などで手に入れなかったのはなぜですか?
正直、社内で議論に上がったことはありました。しかし、自社とは違う文化や価値観、経験を持つ企業と組んだ方が、それぞれの強みを活かして、広告主のニーズに合わせた最適なチームを組めるだろうと結論付けました。
それぞれが独立していることで、案件ごとにそれぞれがノウハウを蓄積して、企業ごとに変化していける。広告主の課題やユーザーニーズが多様化して、社会状況の移り変わりが激しい時代に、似た経験を持った組織や人だけで適応していくのは最良ではないと思います。
――コンソーシアムならではの事例をお聞かせください。
敷島製パンさんの「超熟の日」の新聞広告が一例です。
人気ライトノベル『弱キャラ友崎くん』に登場するキャラクターの七海みなみを起用して、2日間で2986件のツイート数を計測し、推定リーチ人数は419万人に達しました。
もともと敷島製パンさんからは、「超熟の発売20周年を迎える2018年10月1日、お客様へ、これまでの感謝の気持ちと私たちの想いを新聞広告で伝えたい」とお話をいただいていました。一方で、「感謝は伝えつつも、次世代を担う若者たちにもメッセージを届けたい」という要望もあったため、当初はイベントやウェブコンテンツの施策を検討していたんです。
そこで、ワントゥーテンがコンテンツ内容のプランニングやコピーライティングなどの制作を担当し、新聞を使った表現として新しいことができないかを模索しました。そこで出た案の一つが、七海みなみの新聞広告でした。
――その案を提案した時、敷島製パンの担当者の反応がいかがでしたか?
担当者はキャラクターを知りませんでしたが、お子さんに聞いてみると「友達も知っているし、人気あるよ!」と反応があったらしく、そこからこの案に自信を持てたそうです。
ただ、人気のあるキャラクターを登場させるだけで、SNSの反響が生まれるわけではありません。七海みなみのカバンに超熟のストラップをつけたり、イラストの下に「これはあくまで広告上の表現です。パンは急がずにゆっくりお召し上がりください」の注意書きを入れるなど、ユーザーが拾いたくなる仕掛けを入れたからこそ話題になったのだと考えています。
――コンソーシアムのように、複数企業で円滑にプロジェクトを進めるために大切なことは何だと考えますか?
参加組織それぞれが持っている機能を、お互いに理解できていることですね。課題に対して、適切なチームをアサインするためには必須です。
「Tokyo Good Manners Project」提供のタイアップメディア『
世界は違っておもしろい 』は、読売新聞社の強みである取材力やアサイン実現力と、Nadiaのクリエイティビティが活かされた例のひとつです。
世界のマナーや暮らしぶりを紹介するメディアなのですが、読売新聞社は各国の大使館とのつながりを持っていたため、取材を実現できました。また、Nadiaとチームを組み、サイトデザインにこだわった。結果として、ユーザーが没入しやすいコンテンツを作れたのだと思います。
――YBSでお互いの理解を深めるために実施したことは?
立ち上げ当初は、有志で合宿を行なってお互いのアセットを共有していました。そこであらためて気付いたのですが、所属メンバーそれぞれの強みを理解することも、プロジェクトを進める上で重要だということでした。
――企業としての強みと、そこに所属する個々人の強みを知ることが、より最適なチームを組むための必須条件なんですね。
ユーザーメリットのある情報は、広告と別物ではない
――広告の定義や役割がアップデートされつつあると感じています。池上さんは、現在の広告をどう定義しますか?
「広告」という言葉を使うことが正しいかはわかりませんが、送り手の企業が届けたい真摯なメッセージや、消費者の課題を解決できるコンテンツやイベントは、広告媒体に掲載されなかったとしても、すべて「広告」と呼んでもいいのではないでしょうか。
アップデートでいうと、これまで新聞社は、掲載枠を買ってもらうことに主眼を置いていました。その要素は新聞社にとって引き続き重要ですが、最近ではメッセージを届けたり、課題を解決したりするのに良い方法はあるかと、枠に結びつかないような相談をしてくれる企業が増えてきました。メディア企業の使い方が変わってきている印象を受けますね。
――作り手に求められるものが広がっているんですね。これからの広告はどうあるべきなのでしょうか?
「広告」という言葉の領域はずいぶんと広がりましたよね。消費者に広告と意識されずに触れてもらっているものもあるし、もしかしたら消費者が広告かどうかなんて気にしていないかもしれない。最近、ウェブで1,200万回以上再生された製菓企業のプロモーションムービーがありますが、たぶん広告とは認識されていない。平昌五輪の開会式でのドローンを使った圧巻のパフォーマンスは、メイキングが様々なメディアで取り上げられるなど、担当した企業の技術力のPRにつながっていきました。
消費者にとってメリットのあるもの、役立つ情報や感動するもの、これまでにはない体験ができるものなど、「広告に触れた消費者がどのような経験をしてほしいのか」まで設計することが作り手には求められてきていますよね。
――他に必要なスキルはなんだとお考えですか?
消費者のインサイトを発掘したり、行動を把握したりする力ではないでしょうか。特に若い世代が難しいと思われていますが、中高年だってそんなに簡単なわけではない。メッセージを届けたい消費者が普段どんな生活をしていて、どんなことを考えているのか。SNSはどんなタイミングでどんな使い方をされているのか、若年層はマスメディアにどう接しているのか。特に、まだメディアなどで言葉になっていない悩みや関心を消費者が抱えていないかということは、常に考えるようにしています。
YBSはメンバーの年代も得意領域も幅広いので、それぞれの領域から見つけたちょっとした気づきを共有し、ブラッシュアップしていくことを意識しています。コンソーシアムという他にはない形式を生かしてどんなアウトプットができるのか。今後もっと考えていかなければいけませんね。
オプトホールディング