社内にイノベーションの土壌を 大企業とベンチャーの垣間を超えてゆくパナソニックの新事業とは【後編】
新規事業を柔軟かつスピーディーに掬い上げるべく創設されたパナソニック アプライアンス社の社内公募プロジェクト「Game Changer Catapult」。家電メーカー大手の同社がこのようなチャレンジングなプロジェクトを始動した背景には、グローバル市場のニーズの変化があった。
インタビュー後編となる本稿では、変革期を迎える家電業界が模索する「大企業の新たな働き方」に迫る。
プロジェクトのメインメンバーの鈴木講介さん(左)と深田昌則さん(右)
「自由の気風」の再興
「Game Changer Catapult」(以降、GCカタパルト)によって、パナソニックの社員は大企業に所属しながら、ベンチャー企業のように柔軟な発想でプロジェクトを起案できるようになった。いわば「大企業における働き方の再定義」とも取れるこのプロジェクトには、同社に脈々と受け継がれてきた「自由の気風」を確かに感じ取ることができる。
鈴木「30代の私と、ベテラン社員である深田の世代では、パナソニックという会社に対するイメージも少し異なるかもしれません。しかし少なくとも私がこの会社に入社した2003年当時は、自分と年の近い若手社員がかなりの裁量をもってプロジェクトを任されていましたし、そんな自由な社風にとても魅力を感じました。
やがて社内の構造改革を経て、そのような遊びや余裕が削ぎ落とされてしまったことは否めませんが、私が今、GCカタパルトというプロジェクトに必然性を感じているのも、あの頃の原体験があるためなのかもしれません」
深田「たしかに、鈴木が言うように、弊社には昔から自由の気風のようなものがあったと思います。服装も自由ですし、筋さえ通っていれば新たなアイデアを積極的に採用してくれる社風はありましたね。しかし、構造改革を推進する過程で、“目標管理”という新たなシステムを導入し、これによって目標に直接的につながらない活動が排除されてしまいました。
そのような事情もあってか、おおらかな時代を知っている私たちの世代から見ると、最近の若手社員は安全志向で保守的に思えてしまうことがあります。だからこそ、彼らがもっとやんちゃにチャレンジできるような環境を再び用意してあげるべきだと思うのです」
カルチャーの祭典サウス・バイ・サウス・ウエストへかける思い
同社がGCカタパルトを推進する背景には、グローバル市場の変化を見据えた目算もあるという。
深田「少し前までの家電業界には、先進国でプロダクトを生産して新興国へと広げていくというリニアなイノベーションがありえたと思います。しかし、世界各地で多様なニーズが同時多発的に生まれ始めている昨今では、画一的なプロダクトだけで消費者の“お困りごと”に応えるのは難しいでしょう。
だからこそ我々は、MITメディアラボの学生や研究員と議論を交わすなどして、積極的に外部組織と交流することに重きを置いているのです。多様な価値観を取り入れるためには、外部組織との接触が不可欠ですから」
社外のリソースや知見に積極的にアクセスしていくというGCプロジェクトの行動指針は、グローバル市場に通用しうる社員を育むための“土壌”としても機能している。
鈴木「GCカタパルトの目的は、新規事業の創出だけではありません。この活動を通して、社員がグローバルな視点を持ち、やがては世界のマーケットで戦える人材に成長していってほしいという願いもあります。今回、選考を通った8つのチームは、今年3月にテキサス州で開催される世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル『サウス・バイ・サウス・ウエスト(以降SXSW)』へ参加することが決まっています」
ラスベガスのCESや、ベルリンのIFAなど、世界各地で大型の家電見本市が開催されている中、あえてSXSWを選んだことにはどのような狙いがあるのだろうか。
鈴木「SXSWは、まだ価値の定まっていないアイデアが世界中から集まる場です。自分たちのプロジェクトの価値を世界に問うだけでなく、混沌としたエネルギーが渦巻く空間に飛び込んでみることで何かを掴んでくれる社員もいると期待して、このイベントに照準を合わせることに決めました。
また、GCカタパルトの選考を通過したプロジェクトに共通しているのは、“ハードウェアだけでなくサービスも含めてアピールしたいものである”ということです。それならば、家電だけにとらわれず、音楽や映画など、あらゆる文化がミクスチャーされたSXSWこそが発表の場としては最適なのでは、と考えました」
ベンチャーと大企業の新しい関係
GCカタパルトの参加者にとっては、ひとつのステージゲートとなるSXSW。通常であればこのイベントへ出展するだけでも一苦労だが、これまでに蓄積した経験やノウハウと様々なリソースを有するパナソニックはその障壁をスピーディーに飛び越えてゆく。
鈴木「新規事業の起案からSXSWへの出展までをこれほど短期間に進行できるのは、「大企業」である面もあると思います。社内にはイベントへの出展を長年取り仕切ってきたエキスパートがいますし、プロダクトを輸出したければその道の専門スタッフに頼んで勉強会を開催することだってできます。そういったリソースをうまく繋げていくことで、大企業ならではの方法で、新しい仕事の仕方を構築していきたいですね」
深田「以前、あるベンチャー起業家の方とお話した際に、『パナソニックの強みは、一見すると些細に思えるノウハウが膨大に蓄積されていることだ』と言われたことがあります。これまでは“起業=独立”というフローが一般的でしたが、今後は、会社に所属しながら、ベンチャー的な働き方を選択することができる時代になっていくかもしれませんね」
パナソニック アプライアンス社が見据える“社内ベンチャー”の未来。そこには、大企業とベンチャーの垣根をシームレスに横断する「新たな働き方」がある。
第1話
https://brandtimes.jp/companies-post/panasonic-appliance1/