社内にイノベーションの土壌を 大企業とベンチャーの垣間を超えてゆくパナソニックの新事業とは【前編】
テクノロジーの歩みは日々加速し、いたるところにイノベーションの産声がこだまする家電産業。業界大手のパナソニックは、時流に即した「モノづくり」を再構築すべく、ビジネスアイデアの公募を柱にした新規事業創出プロジェクト「Game Changer Catapult」を立ち上げた。
同プロジェクトのメインメンバー、深田昌則さん、鈴木講介さんが見据える家電業界の未来とは。
プロジェクトメインメンバーの鈴木講介さん(左)と深田昌則さん(右)
イノベーションを継続的に生み出すために
「尖ったプロダクトを生み出したければ、大手よりもベンチャーへ」
昨今のビジネスシーンには、そんな一般論が遍く浸透している。意思決定の俊敏さとフットワークの軽快さこそがベンチャー企業の強み。大企業であれば、数え切れないほどの会議や“儀式”をくぐり抜けて始めて動き出すプロジェクトも、野心とリソースさえあればすぐに実現できてしまえるのが彼らのアドバンテージだ。
しかし、そのようなステレオタイプにとらわれず、大企業とベンチャーの在り方を再定義するべく行動を起こした電機メーカーがある。それが、パナソニックの社内カンパニー「アプライアンス社」だ。
彼らが2016年に立ち上げた「Game Changer Catapult」(以下、GCカタパルト)では、社員を対象に新規事業を公募するという新たな試みを始めた。選考を通過したプロジェクトには予算がつき、社のバックアップを受けて実現へと動き出すという。 大企業でありながら、ベンチャー的な視点で新規事業の開拓を推進する同社には、どのようなヴィジョンがあるのだろうか? GCカタパルトのプランニングリードを担当する鈴木講介さんが、ことの起こりを振り返る。
鈴木「さかのぼること2015年のことですが、そのころ我々は10年後(2025年)にわが社の柱となっているような事業を創出するプロジェクトを進めていました。当初はディスカッションをしながら新規事業を個別に立ち上げようとしていたのですが、ある時、これだけでは期間限定のアイデア出しとなんら変わらないことに気づきました。やはりイノベーションを継続的に生み出せるような統合的な仕組みそのものを作り上げなければ、根本的な変革にはつながりません。そこでGCカタパルトを起案することにしたのです」
“社内にイノベーションの土壌を”。そんな志のもとにスタートした同プロジェクトで代表を務める深田昌則さんは、業界の未来を冷静に見据える。
深田「インターネットが広く普及し、GoogleやAmazon、各種SNSが社会のインフラとなっていく中で、テクノロジーの進化がますます加速し、家電業界そのものが大きな変革期を迎えています。大企業もベンチャーも、スピーディーに新たなプロジェクトを立ち上げて形にしていくことができなければ、時流に置いてかれてしまいます。ベンチャーの強みと大企業の強みを持ち寄る取り組みがスタンダードになっていくのは当然の流れではないでしょうか」
“自前主義”を脱却した先にあるもの
2016年5月よりエントリーシートの受け付けを開始し、本格的な選考をスタートしたGCカタパルト。社内での反響は運営陣の予想を上回るものだった。
鈴木「走り出した当初は、どれだけの社員が手を挙げてくれるか不安でしたが、最終的には44テーマ、のべ1,600人を超える方々がワークショップなどに参加することになりました。以前から、社内のさまざまなプロジェクトを進める中で『新たなアイデアを形にする機会が欲しい』という社員の声を耳にしていましたし、そのような目に見えない蠢きのようなものは感じていました。今回、GCカタパルトをきっかけに彼らの熱意が表出したようでうれしかったですね」
深田「選考の過程で、応募されたプロジェクトの中には、GCカタパルトのスタート以前から水面下で進められていたアイデアもあったことがわかりました。そのようなチームには結束力がありますし、それは大きなアドバンテージにもなります。そんな社員たちの熱意に触れることで、『やはりこの会社には、志を持った社員が大勢いたんだ』とうれしくなりましたし、それと同時に彼らのアイデアをすくい上げることができなかったことを改めて反省することにもなりました」
GCカタパルトでは、パナソニックの社員がひとりでも含まれていれば他企業混合チームのエントリーを許可している。あらかじめ異業種との協業を前提とすることで、普段の社内会議では生まれ得ない独創性のあるプロジェクトも数多く集まったという。
深田「これはプロジェクトを起案したきっかけの話にも関連するのですが、業界全体が大きな変革を迎えているこの時代にあって、独自でプロダクトを生み出そうとする“自前主義”から脱却しなければならないことは目に見えています。弊社のリソースだけでは実現できないアイデアも、他社の力を借りることで形にできることはあるでしょうし、逆に他社のアイデアと弊社のノウハウや技術を組み合わせることで新たな価値を生み出すことだってできるはずです。GCカタパルトが、そんな好循環を生み出すきっかけとして、うまく機能していくことを願っています」
夢の洗濯機から介護鍋まで、 “身近なお困りごと”にアンサーを
エントリーされた44テーマのうち、最終選考を通過したのは8テーマ。「新規性」「実現性」「適社性」の3つの評価軸で行われたという選考には、家電業界を牽引するパナソニック独自の思想が垣間見える。
深田「弊社の経営方針には、『“社会の発展のお役に立つ”企業であり続ける』という大きな柱があります。単にメーカーとして製品を生産して販売するだけでなく、身近にある“お困りごと”を解決する姿勢があるか、という点を判断するために、『適社性』という評価軸を設けました」
深田氏が語る通り、選考を通過したプロジェクトの多くは、消費者が日常的に抱えている「ちょっとした不便や不満」にアンサーを提案するものばかりだ。 服をハンガーにかけてセットしておくだけで、アイロンいらずの洗浄を一手に担ってくれる洗濯機や、介護食を簡単につくることができる介護鍋など、痒いところに手が届くプロダクトには夢も膨らむ。
鈴木「たとえば、介護鍋のプロジェクトを起案したチームのメンバーは、技術職でもなければ商品企画で働いている方でもありません。普段の自分の業務や役職に縛られず、『自分の家族が食べやすい介護食をつくってあげたい』というパーソナルな動機に着想を得ているからこそ、このような社会課題に直接向き合うプロダクトを起案できたのかもしれませんね」
深田「社内の会議室にこもって議論していると、“身近なところに転がっているお困りごとをすくい上げる”という視点をいつの間にか見落としてしまうこともありました。GCカタパルトの選考を進める過程で、実は私たちの生活のすぐそばに“社会課題”は転がっており、誠実にそれをすくい上げることが社会への貢献にもつながるのだ、ということが再認識できたのは大きな収穫でした」
リソースの囲い込みや自前主義から脱却し、柔軟に顧客価値を創造せんとするアプライアンス社は、大企業とベンチャーの垣根すらも軽やかに越えてゆく。