テレビとは異なる体験「AMP」がこれからの生活空間にもたらすものとは
テレビの初放送から早60年強、日本人には欠かせない家電となっているテレビ。日本全国の家庭に、ニュースやお笑い、ドラマなどを届ける、生活の一部となっている。とりあえず帰宅したら、テレビを点けてから行動する人も多いはずだ。そのテレビを再定義し、無意識の感性と向き合うサービスを開発している。そのプロジェクトの名は、「AMP(Ambient Media Player)」。パナソニック アプライアンス社が推進する新規事業創出プロジェクト「Game Changer Catapult(以下GCカタパルト)」にて選出された完成度の高いプロダクトだ。普段生活の中で満たされることのない、人間の感性に訴えかける体験は、ただそこにあるだけで、人を優しく包み込んでくれる。この人間の擦れていく感覚は、日本国内だけでなく、北米や欧州などの先進国では、慢性的な課題となっている。サウス・バイ・サウス・ウエスト(以下SXSW)やその他欧米のイベントを経て最終モデルへとブラッシュアップしていく「AMP」。そんなプロジェクトに情熱を注ぐ谷口旭さん、辻敦宏さん、森下浩充さんに話を伺った。
プロジェクトのメインメンバーの森下浩充さん(左)と谷口旭さん(中)と辻敦宏さん(右)
現状のテレビに対する危機感がチームを動かした
谷口「このプロジェクトは、かなり歴史が長いです。『AMP』の核となる部分のプロジェクト開始は2014年の3月ごろになります。私は当時からテレビ部門に所属しているのですが、画質や音質などの基本的な家電の機能については、ある程度高性能化しきっており差別化が難しくなってきていました。単にテレビを作り続けるだけでなく、イノベーションとなる事を行わなければ、自分達が価値を提供することができなくなってしまうという危機感が『AMP』を始めたモチベーションとなっています」
辻「その危機感を持ったメンバーが、その時の責任者に『何かを生み出すプロジェクトに挑戦したい』と掛け合った結果、急きょ集められたメンバー10人ぐらいで、テレビについて喧々諤々の議論をしました。その判断は素晴らしかったとおもいます。その議論の中で、テレビはつけているけれども、昔ほどジッと見る事が減ったという話が出ました。特別な瞬間やコンテンツを提供して、テレビはいらないと考えている人にも訴求できるプロダクトができるのではないかと考えたのです。あえてテレビの長方形の形から脱し、正方形のディスプレイを考えました。そこに、環境音や風景動画、アートなどが流れるディスプレイを試作してみたのがすべての始まりでした。実はこの記事が世の中に出るときが、ちょうど三年目のタイミングにあたります。さまざまな事情で、当時とはリーダーもメンバーの顔ぶれも代わりましたが、この瞬間に『AMP』のすべてが生まれたといっても過言ではありません。オリジナルからずっとやってきた私の思いは今も昔も同じです」
谷口「その時制作された『AMP』は、世の中に出せる直前ぐらいまで作り込んだモデルを作成しました。日本だけにニーズがある商品ではないと考えているので、欧州などにも時にはハンドキャリーで『AMP』を持ち込んで、ユーザーインタビューを敢行しました。非常に魅力的なアイテムにはなったとおもいました。しかしこれからという時、組織変更などによってプロジェクトを凍結せざるを得なくなりました」
辻「結果的に1年間ぐらいの月日が経ち、あきらめかけていたのですが、ヒアリングした人々から、いつでるのか?早く欲しいという意見を頂いていたため、どこかで製品化につながるキッカケがないかという観点で色々な試みを続けていました。その中でGCカタパルトが良い起爆剤になり、『AMP』が再始動する事になったのです」
谷口「GCカタパルトのワークショップに参加した際、偶然隣に座った森下が『AMP』にジョインしてくれました。そもそも森下の提案していたテーマも、『AMP』と非常に親和性が高いということもあり、よりプロジェクトが加速した実感があります」
感性を刺激するプロダクト&サービスに挑戦する
当初メンバーからの変更や、凍結期間をへてGCカタパルトでリスタートを切った「AMP」。再始動したことで、このプロジェクトはどう変化したのか、彼らに訊いた。
谷口「リスタート後も、当初コンセプトから大きくは変わっていません。ただ一点、心の健康について、明示的に着目するようになりました。凍結していた間にも世の中は変化し続けています。特にマインドフルネスが一部で流行るように、人の心の渇きを潤す何か、心をリセットすることを多くの人が求めている、それに『AMP』は応えることができると、強く感じるようになりました。我々が感じる社会課題は、我々自身経済的・物質的な豊かさを得た一方、人間として本当に大切な何かを失ってしまっているのではないかというもので、それを再び取り戻せるようにしたいと思いました。コンテンツを集中して楽しむという価値から、その空間や時間で過ごす人を彩り主役にするという価値の転換に、この答えがあると思ったのです」
森下「GCカタパルト以前のモデルでは、テレビチューナーの搭載を検討したり、スマホと連携する機能を増やしたり、より多機能で利便性を追求したこともありました。ですが本質的な意味で求められているのは、機能性の高いテレビではありません。本当の価値を伝えたいと思ったものに対して、自然に入り込む事こそが、『AMP』の存在価値だと、コンセプトを研ぎ澄ましました。視聴体験そのものではなく、感じる事ができるプロダクト・サービスが今求められていると考えています」
辻「一般的に映像・番組というと、何か目的があって撮影しており、注視させることを想定しているモノが多いと思いますが、『AMP』で再生するのはただそこにたたずんでいる様な映像です。はじまりと終わりをはっきりしていない様なコンテンツの配信にも適しています。先ほどご紹介した風景や、車窓動画、空、職人の作業、科学的物体動作/反応など、つけっぱなしにしておきたくなる様な映像を配信していきたいと考えています。テレビでみるのには適していなかった、アンビエントな現代アート作品なども親和性が高いのです」
谷口「始まりと終わりがない様な映像となりますので、こういう時に『AMP』を使ってほしいというものはありません。絵画とかと一緒で、そこにあるだけで自分の感性を刺激したり、癒しを感じてもらえたりする様なプロダクト・サービスという形で考えています。この番組を見ようか見ないか悩むのではなく、いつも自然に点けておくというのが使い方のイメージです」
「AMP」のチャンネル操作のコンセプトはとにかく操作させないこと
森下「とにかくテレビという家電の常識から脱却して、プロダクトの機能や使い方を直感で理解できる様な設計にしてあります。例としてはスピーカーやチャンネルでしょうか。『AMP』は正方形デザインにして、上下にスピーカーユニットが内包されています。スピーカーユニットをもっと主張させる事ももちろんできましたが、あえて見せない様にしています。その結果、どこからか部屋全体が『AMP』のサウンドで満たさせているという演出を感じ取ってもらえるはずです」
辻「チャンネルについても、ボタンらしいボタンを配置していません。回すという動作と押すという動作、この2点しかない1つのボタンが『AMP』のチャンネルです。その日の感覚で見たいコンテンツをくるくる回すことで探す。空間の扉を開く様なドアノブの様な、とにかく使い方を意識しない形を目指しています」
実際に「AMP」のチャンネルを触らせてもらったが、従来のボタンだらけのモノと異なり非常に使いやすさと触りたくなる造詣感がある一品だった。家電においては、説明書をみつつ使い方を勉強しなければいけない。だが、「AMP」においては説明書を開くことなく、コンテンツを自然と向き合う事ができた。本チャンネルだけでも、多くの人が求めているツールだとも感じる。
最終目標は、ユーザーとクリエイターが双方向にコミュニケーションをとるプラットフォーム
谷口「『AMP』が基軸となってコンテンツのプラットフォームづくりやキュレーションを順次実施したいと考えています。特にクリエイターの方々から、プラットフォームについての反応も非常に良いのが印象的でした。コンテンツ作成者にとって、従来映像作品は展示会か動画投稿サイトが基本でした。動画投稿サイトというと、広告や関連動画など付帯情報が非常に多く、本来の伝えたいメッセージについて真摯な印象がないのです。そうしたクリエイターが抱える課題も『AMP』で解決できるのではないかと考えています。感度の高い人とのコミュニケーションが取れるコミュニティ的なものも含めたサービスにしていきたいと考えています」
辻「コミュニティの先としては、双方向性のあるデバイス・サービスを作り出す事が目標です。クリエイター側の配信先としての立場だけではなく、もっと多様なエコシステムを内包するなど、夢がある様な場づくりをしていきたい。最初のキュレーションは人力での実施になりますが、最終的には自動的にキュレーションされる様なしくみも用意したいです。人が作る価値と自動で行われる価値、その両方を最適にバランスしていきたいです」
森下「SXSWも勿論ですが『AMP』は、欧州のミラノサローネへの出展も予定しています。この商品の良さは、主張しすぎない点にある為、こうした展示会で必要性を訴求したり、使い方について様々な人たちと直接コミュニケーションを取って伝えていったりする必要があります」
谷口「現代社会で生きていると、どうしてもストレスやプレッシャーで辛いと感じてしまう事があります。『AMP』は、映像と音によってその傷つきをヒーリングしてくれます。例えるなら木漏れ日のあふれる森といった存在です。森の中で鳥のさえずりや風、光の変化を感じる。そういうさりげない心地よさこそが大切なのだとおもっています。最終的には、家の乾いた空間を癒す様な存在になれたら嬉しいです」
通常のテレビとは異なる視点によって生まれた「AMP」。キュレーションのプラットフォーム化や、つねに点けておきたいと感じさせる映像づくり、主張しすぎない佇まいなど、非常に良く計算されているプロダクトだと感じた。テレビも我々の生活において欠かせない家電ではある。だが、本当にこれから求められるのは、より感性に直接訴えかける「AMP」なのかもしれない。