2019年6月28日

マンモス復活の第一歩をサポートする
タンパク質解析装置の可能性とは

SCIEX

PROFILE

  • 近畿大学生物理工学部 遺伝子工学科准教授 永井宏平

    近畿大学生物理工学部 遺伝子工学科准教授 永井宏平 1975年生まれ。大阪府出身。京都大学大学院農学研究科を修了したのち、和歌山県地域結集型共同研究事業の博士研究員として「農学プロテオミクス」研究に従事。その後、聖マリアンナ医科大学生化学教室にて助教を務め、膠原病、炎症性疾患の病態関連因子の探索やバイオマーカーの探索を行う。地域イノベーション戦略支援プログラムの研究員を務める傍ら、2013年4月から現在の近畿大学に移り、2016年には生物理工学部の遺伝子工学科准教授に就任し、現在に至る。

近畿大学を中心とする共同研究チームは、マンモス復活に向けたプロジェクトを進めており、その過程で、マンモスの化石から採取した細胞の核が、マウスの卵子の中で新たな細胞核を形成しはじめることの観察に世界で初めて成功した。その歴史的な研究において、タンパク質の解析が担う役割は重要で、研究を前進させるには欠かせない技術であったという。
マンモス研究の道筋と、タンパク質解析に大きく貢献した「SCIEX質量分析装置TripleTOF®5600+」について、近畿大学の准教授 永井 宏平先生にお話を伺った。

マンモス研究は近畿大学発のムーンショット研究

―まず、近畿大学におけるマンモス研究の位置づけや重要性についてお聞かせください。
ムーンショットという言葉があります。かつてアメリカが「月に人間を送る」という非常に困難で夢のような目標に果敢に挑み、そして成功させました。マンモス研究は、近畿大学におけるムーンショット研究なのです。
“マンモスを復活させたい”という実現困難な夢のような目標に果敢に挑み、歩み続ける姿勢を示すことで、能力のある未来の研究者が参集し、そして様々なイノベーションが生み出されるでしょう。この研究の過程で生まれた技術が、医療や環境保護など様々な分野に応用されていくと信じています。

―現在、マンモス研究というのはどの程度進んでいるのでしょうか。

世間の感覚では「マンモスの復活は目前なのでは」と思われているかもしれません。しかし、実はまだ第一歩を踏み出したばかり。これから長い道のりをかけて復活まで導いていく、という段階にあります。

今回タンパク質を解析したマンモス「Yuka」は、とても保存状態が良い個体で、細胞核が見つかっただけでなく、その細胞核に生物活性を残しているという大発見でした。研究では、細胞分裂の直前まで到達したものも存在したのですが、逆に言えばそれほど保存状態が良好なYukaでも、「そこまで」ということになります。
また、倫理的な問題もあります。現在の技術でマンモス復活を目指すとなると、象の卵子を用い、マンモスの細胞核を入れ、その卵子をまた象の子宮に戻すという形になります。絶滅したマンモスを復活させるために、絶滅の危惧がある象を利用するというのは、倫理的にはありえない研究です。マンモスの復活に向けては、他の動物の犠牲を伴わない新しい技術を含めた、様々な技術革新が必要となるでしょう。その遥か先にあるゴールを見据えて、一歩一歩着実に進んでいきたいと考えています。

マンモス研究を支えた「TripleTOF®5600+」とは

―今回、近畿大学マンモス研究チームは、マンモスの化石から採取した細胞の核が、マウスの卵子の中で、再び生命活動の兆しを見せるということの観察に成功されました。
その過程において、タンパク質の分析というプロセスは、なぜ重要だったのでしょうか。
Yukaの組織の保存状態を評価する上で、タンパク質の分析が非常に重要な役目を果たしました。Yukaの組織中に残存しているタンパク質の種類と数、そして、保存中に起こる化学構造の変化を調べることでYukaの保存状態に関する様々な情報を引き出すことができたのです。

これまでにもマンモスの化石中のタンパク質を検出するという研究は様々な研究グループによって行われてきました。しかし、そこで見つかったのは皮膚や骨のタンパク質など安定的な細胞外のタンパク質がほとんどでした。今回、我々は、869個という、これまでの記録の126個を大幅に超えるたくさんのタンパク質を同定できました。それだけでも驚きなのですが、その中には、これまで発見されたことのなかった多くの細胞核のタンパク質が含まれていたのです。

この細胞核タンパク質の検出が、今回の研究の「はじめの第一歩」となりました。Yukaの組織のなかに、遺伝情報が詰まっている細胞核が残っている可能性が高いという発見が、マンモスの化石中の細胞核を探索し、その生物学的活性を評価するという今回の研究の大きな後押しとなったのです。


―マンモス研究において使用されたのがSCIEX社製の「SCIEX質量分析装置TripleTOF®5600+」ですが、研究においてどのような役割を果たしたのでしょうか。

まず、869個というたくさんのタンパク質を同定できたのは、TripleTOFの持つ高い同定能力のおかげでしょう。細胞核タンパク質が同定できたのも、このおかげだと思っています。

また、多数のタンパク質を特定出来たことにより、マンモスの特異的なアミノ酸配列まで特定することができました。特定した配列とYukaのゲノム情報とが一致し、さらに他のマンモスのゲノム情報とも一致するということが判明。その結果「この組織は確実にマンモスのものである」という信頼性を証明することになりました。

さらにProteinPilot(SCIEX社製のソフトウェア)による、「翻訳後修飾(※タンパク質の化学的な変化のこと)」の解析が優れているのも大きなポイントでした。

ProteinPilotは、一度に220種類以上の翻訳後修飾の検出を行うことが可能なので、他のソフトウェアを使用するよりも効率的に解析することができ、Yukaの保存状態を正確に評価することが叶いました。その結果、同じYukaの個体でも、採取した場所により保存状態が異なるということがわかり、後の細胞核の実験にどの組織を使うのが良いかを示すことができました。

また、個人的に興味深いと思った結果に「ヒストンのメチル化」があります。翻訳後修飾は、保存している間に自然に変化していくものもあれば、タンパク質の構造を意図的に変えて、生命活動を調節するという種類のものもあります。そんな中でも有名なのがヒストンのメチル化という、DNAが巻き付いたタンパク質がメチル化するかしないかによって、遺伝子のスイッチをオン/オフする現象です。TripleTOFの解析によって、現生の哺乳類とマンモスが、全く同じ場所でメチル化しているということが分かりました。数万年前の生物であっても、同じメカニズムで生命活動が調節されているという発見は大きな驚きでした。

解析したデータを今後の研究に繋げる

―今回の研究で何度も登場する「タンパク質解析」というプロセスですが、やはり、タンパク質解析というのは難易度の高いものなのでしょうか。
一般的な話になってしまうのですが、例えばDNAの解析などに比べると、タンパク質の解析の方が難しいとされています。
タンパク質は、20種類のアミノ酸で構成されており、タンパク質ごとに全く性質が異なってきます。そのため、タンパク質ごとの状態や条件に合わせて解析していくという形になり、他の解析に比べると難しい作業となっています。

タンパク質解析において、先に触れたソフトウェアProteinPilotがとても優秀でした。先ほど述べた220種類以上の翻訳後修飾を、全て一括で検索できるという機能にも助けられました。また、検索するときには、アフリカゾウのタンパク質を対象にするのですが、ProteinPilotはその際1カ所だけアミノ酸の種類が変わっていても、検索することができました。アミノ酸の種類が違うということは、そこにマンモス特有の配列があるということです。このように、普通のソフトウェアでは検索しきれないものもカバーしてくれるので、研究においてかなり効率が上がりました。

―マンモス研究の中で、これまでにぶつかった壁などはありましたか。

実は、マンモス研究において、タンパク質解析に限定した困難というものは特に無かったんです。一般的なタンパク質の抽出方法を用いることで、869種類という多くのタンパク質の情報を手に入れることができました。それはYukaの保存状態の良さと、TripleTOFの高いタンパク質同定能力のおかげだと思っています。

ですが、ここで終わりというわけではありません。古生物の化石から、これだけ多くのタンパク質のデータを手に入れたことは世界でも初めてのことです。解析は成功しましたが、取得したデータから、マンモスに関するどのような情報を引き出すことができるか、分析手法を開発していくということが今後の壁となっていくでしょう。

マンモス研究の中で見えたタンパク質解析の重要性

―マンモス研究において、質量分析装置を利用して感じた課題や、今後期待するポイントはありますか。

正直なことを言うと、TripleTOFの本体に不満などは特にありません。TripleTOFシリーズは、定性分析と定量分析を、高いレベルで共存させている機械なんです。最初に質量分析装置を使ってから15年、これまでに主に4種類の機械を使ってきましたが、TrpleTOFは質量分析装置というものの一つの完成形なのでは、と捉えています。我々の研究室のように、一つのサンプルをさまざまな角度から解析するという際にはTripleTOFはベストな機械でした。

今後は、TripleTOFのコンセプトはそのままに、解析の際の感度やスピードをますます上げてもらえればな、と思います。

―今後の目標や研究におけるビジョンについて、お聞かせください。

先ほどお話したように、マンモスの化石の中の細胞を“複製する”現在のクローン技術だけでは、個体の復活はほぼ不可能だと我々は考えています。
だから我々は、まったく新しいアプローチ“マンモス復活プロジェクト2”を計画しています。プロジェクト2では、DNAの合成技術やAIを駆使して、マンモスの細胞「ネオ・マンモス細胞」を人工的に作ってしまおうと考えています。夢のような目標ですが、その高い目標に向けて一歩一歩進んでいくため、状態の良い冷凍標本から、引き続きタンパク質の情報を集めていきたいと思っています。
“マンモス復活”という旗印のもとに集まってくれた未来の研究者が、私の集めた情報をもとに、マンモスの細胞を完成させ、やがてはマンモスの個体を再生する。そんな未来が来ると信じて日々研究しています。
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