2017年12月20日、日本生産性本部が「労働生産性の国際比較」を発表し、労働生産性の最新データが明らかになった。今、政府が重要課題として押し進める働き方改革の波を受けて、「生産性」という言葉が改めて注目を浴びている。今回発表の労働生産性とは、「労働者一人当たり、あるいは労働者が1時間当たりで生み出す成果」を数値化したもの。商品やサービスの付加価値(Output)を就業者数、もしくは労働時間(Input)で割ることで算出される値で、どれだけ効率的に付加価値を生み出しているのかを比較する国際的な指標にもなっている。
ここにきて改めて脚光を浴びている生産性だが、実は半世紀以上前から日本の生産性向上に取り組み、奇跡と言われた戦後の日本経済の成長と産業界の発展を支え続けてきた日本生産性本部という組織があることをご存知だろうか。今回は日本生産性本部会長で、キッコーマン取締役名誉会長 取締役会議長として長年経営の第一線に立ってこられた茂木友三郎氏にインタビュー。日本生産性本部の役割、そして日本の生産性向上のキーポイントについて伺った。
主要先進7カ国の中で20年以上も最下位という衝撃
働き方改革の背景には、人口減少とそれに伴う労働力人口の減少があり、対応策として、多様な人材が活躍できるような労働環境の整備や、労働生産性の向上が謳われている。この「労働生産性の向上」のために重要なことは、成果(アウトプット)を維持向上させるために商品やサービス自体の付加価値を上げることである。
しかし、労働生産性を上げると言っても何を基準にして向上を目指すべきなのか。一つの参考になる指標が、日本生産性本部が毎年発表している労働生産性の国際比較である。2017年12月20日に発表された最新の調査結果によると、2016年の日本の時間当たりの労働生産性は46.0ドル(4,694円/購買力平価換算)と、各目ベースでみると前年度より1.2%の上昇となっている。ところがこれを国際比較のデータでみると、日本はOECD(経済協力開発機構)に加盟する35カ国の中で下位にあたる20位。しかも先進7カ国だけで比較すれば最下位という結果で、この順位は1970年以降変わっていないというのだから驚きだ。
経営者は価格競争以外に勝負できる力を身につけねばならない
日本生産性本部では産業別の労働生産性も発表しているが、2000年には世界トップであった製造業の労働生産性水準(就業者1人当たり)が過去15年ほどの間に右肩下がりに下落し、ついに過去最低の14位にまで落ち込むなど、ここでもショッキングなデータが現れている。
茂木氏はアメリカとの比較を交えつつ、いくつかの業種を例に挙げて日本の労働生産性向上のためのキーポイントを語る。第一に指摘したのは、日本経済の約7割(GDP・雇用ベース)を占めるサービス産業の生産性向上だ。
「日本のサービス産業の労働生産性はアメリカの5割程度の水準であり、特に宿泊業や飲食業で低くなっています。ただし、これは決して日本のサービスの品質が低いということではありません。当本部が行った『サービス品質の日米比較調査』(2017年7月発表)では、日本のサービス品質の方がアメリカよりも満足度が高いという結果も出ています。すなわち『おもてなし』に代表される日本のサービスは、手間隙をかけて品質を高めている一方でそれがしっかり価格に反映できていないという現状があり、それを変えていくことが生産性向上の大きな鍵を握るといえます」
続いて、サービス産業の中で、アメリカに大きく水をあけられている小売業の生産性を例に、こちらは日本社会特有の問題を指摘する。
「価格競争というのは企業競争の中でも最もわかりやすいやり方ゆえに、日本の小売業は安売りに走りやすいという傾向があります。Output (商品やサービスの付加価値)を下げれば生産性が下がるのは当然のこと。そうならないためにも、経営者は価格競争以外で勝負できる力を身につけなければならないと感じます」
さらに茂木会長は、日本の生産性向上の課題として経済の新陳代謝の促進についても訴える。
「すべての企業が生産性を高めていくのはやはり限界があります。そのため、成長力の高いベンチャービジネスが市場に入りやすい環境を整えて、経済の潜在成長力を高めていくことも生産性向上には必要です。ベンチャーというと若い世代のものというイメージがありますが、高齢化の進むこれからの日本なら、企業をリタイアした方々がその経験を生かしたシニアベンチャーを増やしていくのもひとつの手段だと私は思っています。また、その一方で新陳代謝を促すには廃業率を上げることも必要で、転廃業の仕組みづくりや、失業者のためのセーフティネットを構築していくことも大切です」
「運動」と「事業」の両輪で日本の生産性向上に努める
日本生産性本部は、企業・労働組合・学識者の三者構成のもと、生産性運動を推進する中核的な組織として1955年に発足。1950年代から60年代にかけては生産性本部主催により、当時まだ珍しかった海外視察が数多く行われ、そこから持ち帰った知見が日本の高度経済成長の原動力のひとつになったともいわれる。茂木氏が日本生産性本部と関わり始めたのは1960年代のこと。当時は第一次経営学ブームが起こっていた頃で、その頃は銀座のビルの一室にあったというオフィスで、企業のリーダーや経営学者が忌憚なき意見を交わしていたとのこと。当時20代後半だった茂木氏も議論に参加して先駆者から多くのことを学んだという。そして2014年からは会長に就任。これまでの経験と知恵を生かして精力的にタクトを振るう中、現在の日本生産性本部はどのような問題意識を持ち、どのような活動に取り組んでいるのだろうか。
「政府も『働き方革命』『人づくり革命』を掲げ、2020年度までの3年間を『生産性革命・集中投資期間』と位置付けています。われわれも、サービス産業の生産性向上への取り組みや、人材育成に関わる取り組みが特に重要な役割であると認識しています。具体的には2007年に『サービス産業生産性協議会(SPRING)』という組織を発足させ、2015年に『日本サービス大賞』を創設しました。今後も2年に一度のペースで優れたサービスを表彰し、生産性向上の啓発に繋げていければと考えています」とサービス産業生産性向上に向けての活動の一例を挙げた。
また、そうした運動と並んで、研修・セミナーなどトップリーダー育成に関する事業を展開しているのもこの組織の特徴だ。
「今後はさらに、次世代の経営者やグローバル人材の育成など、今日的な時代に求められる新たな経営者教育の取り組みに努めていきます。さらに経営コンサルタントを企業に派遣して企業の現場でアドバイスを送ることも事業のひとつにあり、そうした取り組みも日本全体の生産性向上を目指す我々の役割であると考えています」
生産性を上げることとは付加価値を上げること
「企業経営や生産性本部で培った経験を若い人たちに伝えていきたい」と語る茂木氏。最後にひとつ、生産性を上げるために企業のリーダーが心得ておきたいポイントを伺った。
「根本的なことですが、まずはリーダーが生産性の重要性を認識することが大切です。生産性を上げられない経営者でありがちなのは、Output(付加価値)を増やさずに、Input(社員数または労働時間)を減らす考えが強いこと。こうした経営を続けていると、大抵の場合、やがてどこかの段階で縮小均衡を迎えます。そうした状況で行き詰まらないためにも、『生産性を上げること=付加価値を上げること』というくらいの気持ちで経営に努めてみてはいかがでしょうか」
様々な労働問題が表面化し、「はたらく」ということの意義を社会全体が改めて考え始めた今。日本全体、企業全体、あるいは個人の豊かな生活を守っていくためにも労働生産性の向上は必須と言える課題だ。そうした啓発・提言活動の旗振り役として、日本生産性本部への注目は今後ますます高まっていくことだろう。