PROFILE
内藤忠顕(Tadaaki Naito)
一般社団法人日本船主協会会長(日本郵船(株)取締役会長)
PROFILE
髙橋梨子(Riko Takahashi)
Miss Nippon Grandprix 2019
ミス日本「海の日」
島国である日本のライフラインともいえる海上輸送。世界の環境規制が強まる中で、日本の外航商船隊は環境対策にも積極的に取り組んでいる。2019ミス日本「海の日」に選ばれた髙橋梨子さんが、海運業界の環境対策について日本船主協会の内藤忠顕会長に話を聞いた。
日本の貿易貨物の99.6%を担う海運
髙橋氏 本日は、海運業界が取り組む環境対策についてお話を伺えればと思います。
内藤氏 海運業界全体で環境保全への取り組みに力を入れており、その取り組みを広く知っていただくために、昨年、「海運業界の挑戦~地球・海洋環境の保全に向けて~」というパンフレットを作成しました。ところで、髙橋さんは日本の貿易貨物量は、重量ベースで何パーセントが海運で輸送されていると思いますか?
髙橋氏 そうですね……、日本は島国ですし、飛行機でも貨物を運んでいるので8割くらいでしょうか?
内藤氏 重量ベースでいえば99.6%にもなり、貨物のほとんどが船で運ばれています。日本船主協会では「暮らしを支える日本の海運」というPRビデオを作成しているのですが、その中では、海運がなくなったら、コンビニエンスストアがほぼ空になるという衝撃的なお話も含まれています。
髙橋氏 生活必需品がなくなってしまうということでしょうか。
内藤氏 必需品だけではなく、石油、石炭、LNG、鉄鉱石なども含め、ほとんどが海運で運ばれています。海運がなければ、生活を営む物資そのものがなくなってしまうともいえます。ですが、残念ながら、社会の皆様にはまだそのように認識していただけていないのが現状です。日本の外航商船隊は2500隻程度ですが、これに海外の海運会社の船舶も入れると年間で延べ10万隻の船舶が、日本へ入港しています。
髙橋氏 とても多いですね。
内藤氏 これだけの船が運航されていますので、当然、環境のことも考えていかなければなりません。海洋汚染、大気汚染、地球温暖化にどのように対処するかなど課題は山積みで、海運だけではなく、すべての業種、社会を巻き込んだ話です。
例えば、原油を運んでいるタンカーが事故を起こしたとき、環境を著しく破壊するということがあります。1989年にアラスカで起きたエクソン・バルディーズ号原油流出事故。エクソンの船が座礁し、大量の油が海へ流出してしまい、アラスカの自然環境を破壊してしまったことがあります。油まみれの海鳥の映像を見かけたことはあるかと思いますが、海運業界としてこのような事故を反省し、その対策としてダブルハルといわれる船体の二重構造化が採択されました。仮に、外板に穴が開いても、内側の隔壁で流出を防ぐ構造です。これを世界的に適用するルールに変えたのです。これにより、油濁事故が激減しました。これは環境対策の1つの成功例だと思います。
同じように、海運が取り組むべき環境保全の問題は、いろいろ話が進んでおります。今日は2020年1月から導入される硫黄酸化物の削減を中心にお話したいと思います。
2020年1月から強化される大気汚染対策
髙橋氏 そもそも燃料油の硫黄分の規制は、どうして必要なのでしょうか?
内藤氏 硫黄は、最終的には酸性雨という形で陸地に還元されてしまいます。ご存じのように酸性雨は、さまざまな被害をもたらしており、とくに欧州では広大な森林が枯れ始め、結果的に自然のサイクルを損ない、社会に与える影響が大きくなっています。この環境破壊をもたらす酸性雨を減らすため、原因物質である化石燃料の燃焼によって生じる硫黄酸化物をなくそうという動きがあります。
陸上を走るディーゼル車からの硫黄酸化物やPMの低減への取り組みは早くからスタートしていますが、同様に海運業界でも燃料中の硫黄分の規制が4.5%からスタートし、現在は3.5%、そして2020年1月からは0.5%以下に減じられます。地域によって異なり、欧州や米国では0.1%という厳しい基準が採用されています。硫黄酸化物やPMは酸性雨の原因になるだけではなく、健康被害にもつながるといわれており、呼吸疾患等の影響も懸念されています。
髙橋氏 海運業界として、今後どのように対応されるのですか?
内藤 対応方法について考えられるのは、3つあります。1つ目は、硫黄分が0.5%以下の燃料を使うこと。これが最も実現可能な方法です。ただし、従来より高い価格の燃料油を使わなければなりません。2つ目は、スクラバーと呼ばれる外気に放出する前に硫黄分を抜き出す船上排ガス洗浄装置の導入です。海水で洗ってきれいにしてから排出するというソリューションです。3つ目は、LNG燃料という硫黄分がないものを使用することです。ただいずれの方法も課題はあります。
例えば、1つ目の低硫黄の重油に変えると従来の価格よりとても高くなり、1トン当たり200ドル程度上がることが予想されています。1日に45トン程度を消費する船舶では、9000ドル、約100万円も上昇するわけです。年間で考えると相当な額になりますよね。低硫黄燃料は手法としてはとてもよいのですが、コストアップが大変激しいのです。
2つ目のスクラバーは、この装置を取り付けるために大規模な工事が必要です。据え付けるために数億円かかりますし、この装置を導入することで、積載量が減ってしまうことも大きな問題です。
3つ目のLNG燃料への切り替えも、手法としてはすごくよいのですが、多くの船舶は燃料として使っている重油を燃焼させるエンジンで、そのままLNG燃料を使用することはできません。エンジンそのものを変えなければいけないので、新造船で適用することになります。これも非常にコストがかかります。
しかし、これらのコストは環境保全のためには必要なものであり、社会的費用といえると思います。海運業界の企業努力だけでコストを負担することは難しいので、日本船主協会としては、社会全体で、例えばサプライチェーンの中で、そのコストの一部を負担していただけるよう皆様のご理解が必要と考えております。これは日本だけではなく、世界の海運業の課題です。
よりクリーンな海上輸送を追求-海運業界が取組む様々な環境対策
髙橋氏 燃料油の硫黄分規制以外の環境対策は、どうなっているのでしょうか?
内藤氏 硫黄酸化物のほか、燃料に含まれる窒素酸化物の対策も進行しています。窒素酸化物が出ないようにエンジンの構造を変えるなど設計を見直そうという動きがあります。
また、バラスト水対策も重要です。船は、船底に重りを付けないと安定して走ることができないので、貨物もしくは海水でバランスを取るのですが、この海水をバラスト水といいます。問題は、例えば日本と豪州を往復している船が、豪州でバラスト水を入れて日本で排出すると、バラスト水とともに豪州から外来生物が持ち込まれるリスクがあり、日本固有の生態系に影響を及ぼす可能性が出てきてしまうのです。
これを防ぐため、バラスト水を積むときに微生物や雑菌をすべて殺してきれいな水を持ち込もうという壮大な環境対策のプロジェクトが始まっています。これは、日本の学校のプールの水並みにきれいな水にしなければならないという非常に厳しいルールになっています。
このほか、温室効果ガス(GHG)削減も大きな課題です。COP21(注)で採択されたパリ協定では、各国がCO2等のGHGの削減目標を定めていますが、航空業界と海運業界は、国際的な航路であるため、単一国家の枠組みに収まりません。そこで、航空業界、海運業界はそれぞれに削減目標を設定することが求められています。
海運業界は世界のGHG排出の2〜3%ぐらいを占め、ドイツ1国の排出量とほぼ同じです。海運業界では、2030年までに効率ベース、いわゆる燃費ベースで2008年比40%削減、さらに2050年には同じく、総排出量で50%削減する目標を立てています。将来的には、今世紀のできるだけ早い時期にゼロ・エミッション、つまりGHGの排出をゼロにすることが目標です。この対策としていちばん簡単なのは、大きな船でゆっくり運ぶこと。スピードの3乗に比例して燃料消費が増えますので、スピードを落とすことがとても有効なのです。とはいえ、お客様は早く着いてほしいと考えますので、そのバランスをどのように取るかが大きな課題です。
髙橋氏 私も、ミス日本「海の日」に選ばれて、世界中の海がきれいになったらいいなと思っていました。今後は海だけではなく、大気汚染問題や地球温暖化問題に取り組んでいかなければならないのですね。
内藤氏 今日お話した燃料油の硫黄分規制も含め、これからは地球の環境を守るという視点が欠かせないと思います。海を見ているとプラスチックの浮遊をどう処理するかと個人的にはとても気になっています。これはわれわれ、海運業界も調査等で協力できることがあるかと思います。日本は海運については国際的なルールメーカーです。今後、環境問題に関しても日本がリードしていければと思います。
注)COP21:第21回気候変動枠組条約締約国会議の略称。地球温暖化対策について議論する国際会議